ボクの某国論

某国が建国初期の発展段階で最も重視したのが、重工業と農業、毛の時代まともに鉄でさえ作れない(マッチでさえ普通に作れなかった)にもかかわらず、アメリカに追いつけとばかり無謀な生産目標を立てて大失敗した「大躍進の計画」は、2000万以上といわれる餓死者を出す悲惨な結末となった。これに比べたら「N○○大虐殺」で某国政府がテンコ盛りし続けてきた犠牲者の所謂30万人だって全然小さい数字ではないの・・・農業部門では可哀そうに人間さまだけでなく雀も害鳥として生産目標達成の為 数日で数十万羽駆除された。

 長城や民家建設のレンガ造りで切られ続けてきた木々、大躍進時代、再びご難が訪れた。生産目標を達成するため、使う用途もないのに鉄の生産が進められた。炉の燃料として果樹園の木まで切られたので 禿山は、回復不能なまでに姿を変え、今でもその痕跡があちらこちらに残されている。毛はこの失敗の責任を取る形で国家主席を辞任したが、権力を再びわが手にするために文化大革命を起こした。

 製鉄に関しては、結局 文化大革命の終了とともに日本を中心とした鉄鋼メーカーの協力を得て次第に技術力を蓄えるまで時間を待たねばならなかった。改革開放後は、其の他軽工業も安い労働力が何よりの国際競争力を持っていたため、海外からの投資を呼び込みどんどんと内政化し その基盤を広げながらついには世界の工場と呼ばれるまでに巨大化した。しかし 欧米の歴史を見れば重工業や軽工業の発展の結果、国内と輸出先への需要を満たすレベルになれば、第2次産業のさらなる発展は次第に困難な領域に進んでいく。先進国の多くは、この時点でサービス業を中心とした第3次産業へ重点を移し 第2次産業は、特色のある技術を持つ分野のみが生き残っていたというのが現状であろう。

 某国の場合 その過渡期が今訪れているが、サービス産業を中心とした第3次産業というのは、社会主義国家の中ではなかなか開花しづらいのである。人民のほとんどが公務員であった某国では、大体 サービスってな~に??から教えないといけないからである。デパートも薬屋も飲食店も国営の時代 客より店員のほうが威張っていた。買うために展示品を出してもらう時 大抵はぞんざいに投げてよこしたし 買ってもお礼をする習慣はない(今でもお礼を言わないほうが多い)お釣りは投げてよこすのは当たり前。昔 日本でもJRの前身である国鉄窓口ではお釣りが投げられていたので 自分が偉いと思っている公務員にサービスがわかるまでには時間がかかるのである。

 某国で最も早く業界内競争にさらされ 最初にサービス業として開花を果たしたのは外食産業であると私は思っている。牛丼Y屋の「安い、美味い、速い」の如くであるが一つ違いで「美味い、安い、清潔」の3点が庶民に支持され その次に店員のサービスが商売の動向を左右するようになる。「清潔」が重視されたのは、某国の外食が如何に不潔だったかでそうなった。現代社会では、昔のように母親が何品ものおかず(采)を作って食卓を飾ることがなくなってきた。夫婦共稼ぎの若い世代は、なおさらである。台湾もそうであったが某国も時代とともに外食産業が成長し競争も激しくなっていった。「美味い、安い、清潔」で評価を得られれば2店目3店目と店を増やして規模拡大が可能であるが すぐに真似をする者が現れる。真似をされたら別の切り口で勝負せねばならない。接客サービスもその一つである。飲食業の多い某国の街では自然とその流れて 飲食業にサービスの観念が根付いていったのである。某国で大成功を収め日本まで進出した火鍋屋「海底労」というチェーン店がある。食事までの順番待ちをする客に対し店員が、軽食を配ったり子供におもちゃを渡したり 非常に細かい気配りをしている。最初にこの店に行ったときは、某国にもここまでサービス精神が徹底された店が現れたか!と感慨深かった。サービスとは、お客を快い気持ちにさせることが基本であるから 当然この店のように店員一人一人が 徹底して接客に気を配る店は繁盛していく。日本でもここまで客サービスが行き届いたチェーン店は少ない、それほど良質のサービスぶりなので、さすがに同業者はすぐに真似ができない。他社の追随を受けない分 価格競争にも巻き込まれず繁盛を続けている。すべては、競争がもたらすプラスの効用である。

 逆にサービス業の分野にあるはずなのに「サービス」とは縁遠いのが保険業会である。重・軽工業ともに人件費の高騰や過剰設備で勢いがなくなってきた某国、今度はサービス産業に力を入れて発展させなければいけないと考えているが、金融業と保険業だけは自国産業を保護するためにいまだに外資に厳しい規制をかけている。実は一見自由そうな日本でもこれらの産業を見えない規制で保護してきた歴史があるようだ。どの国でも外資に牛耳られては困る分野で そうやすやす解放しないらしい。国の力を背景にぬくぬくと育てられた2つの業界は、厳しい競争を勝ち抜いて生き残ってきた欧米の企業とまともに張り合える訳がない。某国政府にとってかわいい双子のわが子は、たくましい筋肉質の体に育ってくれるまで、過保護のもとにおこうというわけである。このままだと競争がない分、革新にブレーキがかかり欧米とのサービスの格差は広がるばかりだ。

 本来保険業界は、災害が発生した場合などに迅速に被害状況を掌握して保険金を支払い、社会の早期復旧の一助となることで存在の意味を成す。そのための潤沢な準備資金と査定のための優秀なスタッフを揃えている。ところが某国の保険業界は違うのである。災害が発生すると優秀なスタッフ達はできるだけ保険金を払わないことに能力を費やす、その次にやむなく払った保険金をどうやって回収するかに腐心するようだ。しかも査定は、チンタラチンタラ行われ、半年~1年をかけるので顧客が原状回復する資金として当てにできない。また保険会社は、保険請求額に異論があるとすぐに裁判に出るため この判決が出るまで支払いが伸びることもたびたびである。

 ここで私の体験談をご紹介しよう。十年以上前になるが 私の会社が入っていたテナントビルで水漏れ事故が発生した。原因は、寒さで暖房用のお湯パイプが破裂したことだったがこれら設備はテナントビル側のものであるため 当初は、テナントビル側の過失として損害の賠償をもらい終わりにするところだった。ところがこのビル・・損害保険をかけていなかったらしく 我々に対しビル管理上の規則(冬季 特に寒い日は、夜間窓を開けない事)を盾に支払いを拒んできた。このまましていても時間ばかり経って埒が明かないので、我々は自身が加入していた損害賠償保険を使うこととし すぐに損失額を算出し保険会社に請求した。ところが・・である、某国国営で規模No1のこの保険会社・・半年たっても審査結果が出ない。おまけに第三者機関に審査を委託したので そこに説明に行ってくれと連絡してきた。

 被害をこうむった機材は、当社製の特殊な装置のため請求価格が正当なのか分からないということだった。私自身も何度も通い説明して 保険金が下りたのは、なんと2年近く経っていた。こんな保険会社じゃ世界で通用するはずがない。しかし、その後の展開がさらにエグイのである。当社は、保険金の支払いで何とか機材の損失をある程度補てんできたが、この保険会社 今度は、支払った保険金を回収するため このテナントビルの管理会社を裁判所に訴えた。管理会社側に過失があると見て 支払った額を請求したのである。その訴訟の過程で またまた損害額が妥当であったのかの再度の調査に協力しなければいけなくなった。2年もかけて説明をしてきたものをまた説明である。結局 テナントビル側は、保険に加入していなかったので自腹で保険会社に損害額を払うことになったようだが、今度は、そのテナントビルが再び 冬季に窓を開けていたことを理由に損害賠償額を当社に請求すると言ってきた。なんじゃ、この展開は・・・なのである。

 何のための損害保険?保険会社って何者?ビル管理会社は何様?・・某国ならではの珍事に驚いたが 降ってくる火の粉はふり払わねばならない。機材の排気処理の件で一部窓を解放することは、テナントビル側も了解事項だったため 当社は、「損害賠償のそのまた賠償請求」を当然拒否し、ビル管理会社は渋々引き下がった。・・・が、次年度のビルの駐車料金を極端に値上げされてしっぺ返しを食らった。実にひどい話である。だが保険については、まだまだこの手の話がたくさんある。某国首都は、一時日系の保険会社が1社も認可がない状態に陥ったためこうなってしまったが 日本系の保険会社がその地区にあるなら某国系は大小にかかわらず今は避けたほうがよい。日本も過去そうであったが 競争にさらされないとこうなってしまう

 某国では、日系も欧米系も銀行・保険会社の運営認可がなかなか取れない。貿易不均衡を盾にトランプ大統領はこの辺を突き崩しにかかったようだ・・・アホなようで良いとこ突いているかもしれない・・トラちゃん頑張ってちょうだい。 (2017年4月記)

HOME
其の二十七 とんでも保険業の巻