「八一」飛行表演隊
2003年10月28日12時30分 北京市南の北京南苑空軍基地で行われたアクロバット飛行の公開を告げる「Beijing Morning Post」紙の一面記事に掲載された「八一」表演隊の当日の模様。1962年に創設されたこの部隊は今年で305回のデモ飛行を成功させたとある。6名のパイロットの内 飛行隊長は李秋という人らしい。現在のブルーを基調とした3色のチームカラーに変更されたのは 1998年。来年から全国でのデモフライトツアーに入るらしく 2004年は5都市をまわるらしい。秘密のベールに隠された続けてきた中国空軍もまずはこのチームから一般公開を促進するようだ。今回も今までは考えられなかった基地への一般人の入場を認めたらしく空軍が少しづつ自信を付けてきた証拠であろう。今まで隠し続けて来た理由は老朽化とその脆弱性を諸外国に悟られたくなかった為だろうと想像するからである。但し 空軍基地で公開した今回も事前の告知は一切なくまたウィークディーでの開催である。まだまだ Openとは言えないが何かが動き出している。(2003年11月記)
複雑なデザインであるが、機首には部隊のインシグニアがかかれており デモのため編隊離陸する様子を捉えたもの 写真では分かり難いが明らかに一般人と見られる観客が背景に大勢写っており ランウェイサイドから順光で撮れそうである。但しカメラの持込が可能かは不明。
「八一」隊のウォークダウンと思われるが、ヘルメットを被ったままでの行進は、航空祭発展途上国(失礼)でよく見られる飛行員であることをを強調する為のもの。先頭が多分飛行隊長の李秋であろう。
なかなか見事に決まった写真である!!2機の間隔は狭く かなりレベルを上げてきているようである。このチーム なんと将来は世界的な航空ショーへの参加を計画しており 2008年のオリンピックで大々的なデビューを図る予定であった。国内の航空ショーだけでは所詮「井の中の蛙」であることが 彼らにもわかっているらしい。(2003年11月記)123
1997年10月10日 天津にてデビューしたJ-7EBの新塗装。12月24日に12機全機がそろい 新編成、新プログラムで演技を開始したとされる。尾翼の空軍徽は当初は機番であったらしい。
2001年7月にマーキングを全面的に変更 ブルー系統の塗装は、猛禽をイメージしているようだ。
さて イラストも含め チャイナ・ネットから資料をいただいて ページを作成していきたい。私のこのホームページからも相当な写真を流用されたので 某国に関しては、同様な方法で 私も対処することとする。これが公平な原理で まさに某国流である。
 そうは言っても パクリ写真ばかりでは、何のためのホームページから判らないので まずは下に私の作品から並べてみましょう。
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以上 7機しか撮っていないが 降り 上がり タキシングを其々並べてみることとした。機首に書かれている意味不明の赤い2本線は、警空2000との編隊を組む上での目印とするもので 正規のアクロバットチームがこんな標識を必要とするのか 甚だ疑問であった。2009年8月撮影
さて 次に台湾の友人 Steven Weng氏が 2004年にズーハイで撮影して送ってくれたJ-7EB、長い間UPできずに パソコンにしまっておいたが 漸くページに飾らせていただくと事する。Many  Thanks To Mr, Steven Weng !!!
私は、このチームのデモフライトの写真を撮ったことがないのである。最初に デモフライトを目にしたのは、確か2003年の夏だったと思う。天津からの仕事の帰り 車の上空でジェット音が響いたので 窓を開けて空を見たところ 何とオリンピックの五輪を上空に描いているではないか 5年先の北京オリンピックの訓練だったのだろう、こんな天津に近い場所で訓練しているのか・・・などと思っていた。車を止めて 外に出てしばらく彼らのフライトに見入っていたが 演技を終えて何と 我々の方向に降りてくるではないか、我々のいた道路のすぐ横に基地があったのだ。その後も 天津に仕事で向かう中 高速道路で彼らの演技を何度か見ることがあったが カメラを持っておらず撮影ができなかった。デモフライトしている姿を撮っておきたかった。J-10に機種変更になって以後も 機体は何度も撮ってはいるが 演技を撮ったことがないのである、其の内 何とかチャンスがくるでしょう・・・・(2012年8月記)