VMM-265
2014年8月中旬に厚木に飛来したMV-22B”EP-01”
(2012)
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さて 翌日3機のMV-22Bが第2陣で来るとの事、嘉手納の古い先輩マニアが普天間基地に一緒に行こうと声をかけてくれた。岩国基地を今離陸した情報が入ったので、時間を合わせ11時には、普天間基地の着陸ポイントでカメラを構えることに。今回の沖縄写真行には、当初MV-22は目的に入っていなかった。そんな私にも神はチャンスを与えてくれるのか・・・しかも 尾翼の赤い隊長機は、第2陣に含まれている。これはラッキーと喜び勇んで、2012年10月2日嘉手納基地の離陸しようとしている”HH”のKC-135Rを蹴ってまで普天間基地に赴いたのであった。
実戦化に至るまで死亡事故が目立ったので、普天間問題と絡めてすっかり政治問題化に巻き込まれたMV-22B。岩国から最後の1陣が普天間基地に飛び立つまで、地上波放送で実況中継が入るなんて写真マニアもあっと驚きの報道過熱ぶりであった。2012年10月1日本来、出向先の某国から沖縄直行するはずだった飛行機が某国政府の妨害?(乗客が 尖閣問題で激減の為)によりドタキャンされ、成田経由の強行スケジュールとなった。自宅から羽田に向かうその朝、テレビが盛んに岩国基地のオスプレーのフライトを実況していたため、いつ移動するのか全く知らなかった私も「上手くすれば沖縄で撮れるかも・・・」なんて 虫の良い考えが頭を過ったのである。

 しかし、元々MV-22がいつ移動するかも調べていない者に神は恵みなど与えない!案の定 沖縄到着時第1陣は普天間基地飛来しており撮れなかった。しかし翌日 隊長機も含めた第2陣の恩恵に与かろうと、私はまた性懲りもなくチャンス性を狙った。
(2012年11月記)
2012年10月20日 Osan AB
2014年9月6日 Yokota AB
2014年以降は、日本国内の多くの航空祭にMV-22Bの展示が行われるようになり、各種日米共同演習への参加も増えたため、一般人も多くの人がオスプレィを見ることができるようになった。こうして、作為的に作られたオスプレーへの嫌悪感を徐々に和らげる必要性もある。皆 見たことが無いもには噂だけを信じる傾向にある。実際に目にすると「意外と騒音も少ないね」などと親しみも湧いてくるからである。2014年9月6日の横田公開にも2機のMV-22Bが展示され、この年横田航空祭の目玉となった。
彼らは岩国基地離陸後3時間ちょっとで普天間基地到着である、すごいスピードだ。大方の予想では11:30〜正午あたりに普天間基地到着となるはずで、空を見上げて待っていたが、空に見えるのは取材のヘリと誰かが上げた凧だけ・・・先輩のラジオにタワー通信が入ったが 「お姿が見えない・・」
 其の内 我々が中止していた方向の真逆、背中の方角にエンジン音がして 尾翼の赤い隊長機はすでに基地建物の陰に降りてしまった・・・「ひゃ〜 やっぱりこんなものか。運が悪いね」・・自分の運の無さに嘆きつつ、残りの2機は逃すまいと証拠写真程度のものは何とか押さえることができた。しかし静かなプロペラ音である。
2012年10月2日 12:00 MCAS Futenma
前回の沖縄行から約20日間、某国での仕事は多忙を極めたが、我ながら真面目に消化をしてきた(こうでもしないと運が巡って来ないのよ・・)そして迎えた2012年10月20日のオーサン基地のOH、基地のゲートまでの道からMV-22Bの姿が見えた、何と普天間で逃したEP-00赤い隊長指定機である。展示機に含まれていることは予告にも無かったので、嬉しいサプライズであった。
Wings
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