HMH-361は、1952年カルフォルニア州サンタアナで生まれたヘリ部隊であるが、発足当初は、固定翼機とヘリ1機しか配備されず、パイロット訓練を行う任務だけであった。1953年にMAG-36の傘下に入り原爆実験などの支援任務を請け負っていたようである。1962年にH-34ヘリコプターを受領し部隊名は、HMR-361からHMM-361に変更されている。

1963年に沖縄に配備後、すぐにベトナムへ投入された。ダナンでの任務が多かったようであるが、夜間攻撃支援や墜落機の救護など被害も出しながら4200時間を超える戦闘飛行任務を記録している。1966年に沖縄に撤収したが、1967年再びベトナムへ参戦している。1968年にアメリカ本国へ帰還し、CH-53D氏―スタリオンを受領して現在のHMH-361飛行隊となった。1979年にCH-53飛行隊による海外派遣プログラムの一環として活動を開始したとあり、沖縄で彼らを目にしたのもこの遠征時だったのかもしれない。(2021/11 記)

↓ 機体によっては尾翼にNMH-462の”YF”が書かれているが、普天間などでは部隊交代で機体をそのまま譲りうけることが多かったので、消し忘れ下か、もしくはすでにHMH-462に移管されたのか、この辺が不明である。

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Wings

下↓ 写真は、4枚ともに、1979年の嘉手納基地におけるHMH-361のCH-53Dの飛行の模様。