(1994)
Wings

↑ こちらの機体では機首に”667” 尾翼に”YF"と書かれているのが分る。

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部隊のニックネームである”Heavy Haulers"とは、重いものを運ぶ人や機器の事ででっかいものを専用で運ぶトレーナーなどもこれに当たる。インシグニアは、2つの頭を持つドラゴンで前足でトラックや砲を掴んで移動する姿である。双頭の龍は、ローマ帝国時代から伝説としてよく登場する架空動物であるが、彼らが長く駐留した沖縄もたくさんの竜神伝説があり首里城の竜神様は有名である。また琉球列島の久高島には双頭の竜神が舞い降りたという伝説が残っている。

↑ テクパンの特徴は、フィルム現像後フィルムを光に当てて見ると 乳剤がほとんど付着していないような透明感の強いネガが出来上がることで、従来のフィルムならこのような透明なネガでは絵が浮かび上がってこないが、テクパンの場合はコントラストの非常に強い写真が浮き出てくる。金属感の強い被写体の場合、面白い効果が得られるが、当時のCH-53は、ロービジ(低視認性)の先端を行く塗装であり このような暗い塗装では反射性の違う塗料の違いだけが浮き出て見える場合があった。

↑ 同じ1984年11月に厚木で飛行訓練をしていたCH-53D こちらの機体も尾翼には”YF"の文字が見える。私は、1984年前後から販売が中止されたKodakのPanatmic-Xの代替品として 所謂テクパンと呼ばれるKodakのTechnical-Pan 2415を使い始めた。この写真は、そのフィルムで撮ったものだが、テクパンに対する現像処理が未熟な上、コントラストが強いこのフィルムの特性から、ダークグリーンなど暗い塗装の機体などを撮影するには適さないフィルムだったと思う。したがってこの頃再び昔帰りでPlus-Xを並行して使っていた。

↑ 1977年入間で初めて目にしたHMH-462のCH-53Dシ―スタリオン、あれから25年後のHMH-462はCH-53Eに更新されていた。四半世紀を経てE型に更新されただけでなく 塗装もグレー基調のものに統一されている。2002年 普天間基地

↑ 1984年11月 厚木基地で飛行訓練するCH-53D、所属部隊名などは書かれていないので 恐らくHMM-Reinに組み込まれて派遣されていたものであろうが、尾翼に所属元であった”YF”のレターを付けたままである。

1979年の入間の国際航空宇宙ショーで展示されたCH-53D”YF-664”,1973年のショーでもCH-53”YF-19”(白レター)が展示され、1976年のショーでもCH-53”YF-13”が出ているので入間のショーでは常連参加部隊の一つ。

1976年頃よく厚木基地上空で見かけることができた大型ヘリ、CH-53D シ―スタリオン。厚木で出会うCH-53は、海兵隊所属のものであり、在日米海軍にはCH-53がなかったため姿があれば海兵隊の重輸送ヘリ中隊のものだった。写真の先輩からキャンプ富士で撮影したCH-53の写真を見せてもらい、この大型で迫力のある輸送ヘリがすっかり好きになった。しかし 大型とはいえ鈍重なイメージはなく、上空で旋回するCH-53の姿は軽快そのものだった。
 当時厚木周辺で撮影したCH-53の部隊がHMH-462で、機首にドラゴンのシルエットが書かれていたり、中々興味深かった。この飛行隊 太平洋戦争中に発足したF4-Uコルセアの戦闘機部隊が、輸送部隊に転換したもので 1965年に新鋭のCH-53Aを受領してベトナム戦でも活躍している。ベトナム戦での活動地域は、南ベトナム最北部が中心で第一海兵師団の支援任務と言われている。

1977年頃 厚木基地に飛来して飛行訓練を行っていたHMH-462のCH-53D。国籍マークや海兵隊表記などがフルカラーのもの、国籍マークのみフルカラーのもの、すべて黒に塗られロービジ仕様のものなど、過渡期の様相を呈していた。

Old Insignia of HMH-462