HSL-37
Wings
LAMPS計画・・アラジンの魔法のランプではない。”Light Airborne Mulch Purpose System”の略で つまり小型のフリゲートにでも搭載可能なヘリに ASW(対潜)から対艦攻撃 救難 輸送にいたる様々な役割を持たそうという当時ではかなり欲張りな計画だった。 今ではどんな電子機器でも小型化され車にでも搭載できるが、1970年代では、これだけのことを1つのヘリに負わせることは中々難しい事だったのだ。そこで 長期の海軍1大プロジェクトとしてMk-T.、Mk-U、Mk-Vと発展させてきた。最終形はSH-60Fである。H-2ヘリは、陸軍で言うとUH-1イロコイスのような 多目的ヘリであった。エンジンを2つにして もっと多目的の”何でも屋”に仕立て上げたのが SH-2D〜SH-2FでLAMPS Mk-Tと位置づけられ1971年から各フリゲートに配備が始まった。SH-2Fシースプライトは、小さな機体にレーダー、ソノブイ、MAD、魚雷、増装タンク、救難用ホイストなど可哀想なくらい組み込んで しかも艦隊とのデータリンク機能も持っていた。
 横須賀に空母が居る時は、お供のフリゲートも入港しており SH-2Fを厚木におろしていたため 我々マニアは、写真を撮る事が出来たのだ。HSL-37は、ハワイのバーバースポイントを本拠地としていたため 1978年ごろから 尾翼にP-3の部隊のように レインボーマークを入れて始め綺麗であった。
USS KNOXに搭載されていたTH-51(150169)、ノックス級フリゲートは、比較的大量に生産された型で KNOXはそのネームシップである。今では確か全艦退役するか売却されており 米海軍には残っていないはずである。そういえば 台湾海軍が4-5隻買ったはずなので 台湾に行けばまだ見られるはずだ。このSH-2Fは左手のソノブイカバーにアートがあったが、うまく撮れた写真は無い。
USS BREWTONに搭載されていたSH-2F TH-52(151314) 曇天の日のRW-19一発降りだったと記憶している。SH-2も機体の仮面に国籍マークを入れているが、なぜか細くなった尾部の下面に書かれてあった。
 主脚は半埋め込み式 尾輪は、艦載により都合が良いように 原型に比べ機体の真ん中に寄せる改造が行われている。
USS LOCKWOOD搭載のTH-53(150181)、以前はHSL-33所属のTF-17がこの艦に乗っていたのだが、後にTH-53に変更された。尾部のそれまで機番が書かれていた場所にレインボーマークが入り 他の部隊との見分けがつきやすくなった。
何故だかわからないが 当時の私はこのシースプライトと言うヘリに言い知れない魅力を感じていた。上の写真のように厚木のOPENHOUSEに展示されることも 時々あったが、そういう時は大抵ほかの被写体の前よりずっと長くSH-2の前にかじりつき シャッターを切る数も多かった。ヘリの場合 飛来時も離陸時も決まったコースを飛ぶわけではなく またランウェーエンドで待っていても撮れるわけではない、つまり ばっちり撮れるチャンスが少ないのだ。しかも フリゲートから飛来するSH-2Fは、空母の入港に合わせて飛来する原則にも一致しないため 運と勘だけが頼りであった。上の写真のTH-55を御覧いただくと 女性のヌードらしきアートが書かれていることがお分かりと思うが こんなんが撮れた時は、家に帰ってすぐフィルム現像 どきどきしながら暗室で写真の焼き上がりを期待した。(別にヌードだからではな〜い・・のよ)
(2010)
(2010)
フニュフニュ君が気が付いて 声をかけてくれたので 撮影できたHSL-37のクルー2名。ペリー級フリゲイト FFG-57 ルーベン・ジェームスに艦載されて横須賀から飛来したと思われる。2010年4月10日 厚木にて。
2011年4月6日 嘉手納に飛来したHSL-37のSH-60B、この部隊ハワイのカネオヘを本拠地にしているが 1993年10月にSH-60Bシーホークに機種交換してから一度もお目にかかったことはなかった。嘉手納でも 離陸の間際に後ろ姿を何とか撮れただけだ。テールレター”TH”と機首に”56”の文字がなんとか読める程度の証拠写真・・
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