← 190号線から途中374号線に左折して一直線。

漸くネバダに入った、フニュフニュ君は大喜びで記念撮影!!! まだ 今日の行程の半分も来ていないのよ・・・

374号線の終着であるBeattyという小さな町で大きなフリウェイである95号線に入り 今度は、ひたすら西南西の方角に走るのである。

 

ショーの予行は、すでに最終演目にかかっており 我々到着後 すぐにサンダーバーズのフライトが始まった。アメリカ国内だけでなく 欧州やアジア各国から多くのマニアが押し寄せて ここは賑やかであった。

翌日は、撮影初日と言うことでフニュ君の計画も盛りだくさん、よって早朝4時に起きて5時には出発である。停車場の列車を撮影して14号線をパームディール方面に南下する、パームディール市街を過ぎた場所でいったんフリーウェイを降り空港方面に向かうが、敷地がえらく広い空港である。空港に周辺道に入るとB-747が見えたので、SR-71の展示場近くにある航空博物館の機体だと判断して その方向に車を向けて走っていくとどうも様子が違う。ここは博物館ではなくNASAの関連施設である。とりあえず駐車場に車を入れ 様子を見ると尾翼にNASAのマークが入った現役のB-747SPがエプロンに駐機していたのだ。ゲートの警備員から見えない位置でこの珍機を急いで撮影、素早く離脱・・・チームワークが良い。この後すぐ場所が分かったSR-71を展示しているブラックバードパークを外から撮影して その隣にあるジョー・ヘリテージパークの駐車場に車を止めたら 今日はオープン日でないが中に入って撮影して良いよ!との許可が下りた。一通り撮影を終え その後は、本命のマーチ空軍基地に向かう計画となっていた。

 我々は、一端14号線に戻り パームディル郊外から東に向かう138号線(パーブロッサムハイウェイ)でショートカットしてロス・エンジェルス市東を走るルート215(リバーサイドハイウェ)に合流することにした。この215号線を南下してモレノバレー(Moreno Vally)と言う町の南にマーチ空軍基地はある。215号線を南下すれば進行方向左にこの基地が見えるはずであったが、途中降りる口を間違えて街中をうろうろしながら漸くマーチに到着した。もともとB-52を擁するSACの基地であったマーチAFBは、現在C-17とKC-135を運用する輸送部隊に代わったが、やはり想像していた通り大きな飛行場だった。だが、撮影条件には恵まれた環境であり ポイントさえ分かれば外撮りは楽である。ただし 大型機は、群れを成して訓練飛行することはないので せいぜい12機がT/Gの訓練をしている程度であろう、であれば長居は無用である。我々が到着してすぐに1機のKC-135が離陸 民間機のターミナルもあるようで盛んにA-320の定期便(?)が離発着していた。そんな中 上空に大きな爆音!F-16である。高いところを何度かパスした後 着陸態勢に入ったので逆光気味ではあったが、何度かT/Gを繰り返したので2機のF-16Cを撮影 なんとサウスダコタ州空軍のロボス所属の機体だった。しばらくランウェイの反対側に移動して待ったが、民間機しか飛ばないので 我々は、次の目的地ヘメット・ライヤン飛行場へ向かうことにした。

走れど走れど・・同じような風景が続くのだ…

2018年頃からだったと記憶するが、長年の友人であり当HPの良き理解者で写真の提供もしていただいているフニュ君から盛んにアメリカへの写真ツアーのお誘いがあった。某国生活で中々日本への帰国以外に遠方に旅行へ行く時間がない私だったが、思い切ってお誘いを受けることにした。当初は、昔二人でよく行ったNASオシアナが候補地だったが、2019年夏頃にネリス域に決定した。フニュ君の他に厚木での先輩2名と4人組みのツアー。ネリスは、1980年3月に行ったのが最初だったが、それ後外撮りが難しくなったという事で足が運ぶことはなかったので 39年8か月ぶりの訪問となる。約40年ぶりなのだ。

出発は、羽田空港でアメリカン航空である、この航空会社も初めてだったが、期待通り?サービスレベルは低い。ただ昔のユナイテッドよりは少しましな程度で 中には良く気の利くCAもいた。エコノミーは乗りなれてはいるが、9時間はとても長く感じた。

40年ぶりのロサンゼルス空港、イミグレで機械のトラブルがあり出口をたらい回し 外に出るのもひと苦労である。外に出たらまずレンタカー屋へ向かうハーツのバスに乗る。これは40年前とまっとく同じ 今回友人が予約したのは、ダッジの大きめのSUV、某国生活で左ハンドルには慣れているとはいえ 運転席のパネル操作は、乗りなれた日本車などと大きく違いライトの点灯スウィッチすら探すのに苦労した。ハーツ敷地内で各部点検して漸く出発、レンタカー屋が用意してくれたナビ兼WiFiをもとに 最初の宿をとってあったモハーべ(Mojovi)へ車で向かう、このナビの使い勝手がまったく悪く、右折左折の表示が出るのが遅い。結局
WiFiを通して手持ちiPhoneGooglemapが一番使いやすいことが分かった。

ロス・エンジェルスの町に出るといきなり夕方のラッシュに巻き込まれ、さすがに緊張した。ラッシュ時間帯は、上下線とも5車線のフリーウェイがどこも大渋滞である。某国と比較してもその車の圧倒的な量に驚愕し車社会であるアメリカのスケールの違いに改めて驚かされた。ロス・エンジェルス市の中心を外れアンテロープバレーフリーウェイを東北東に進めたが、血管を勢い良く流れる血小板のように
5車線を途切れなく走る車の量は、郊外に向かって2時間ひたすら走っても全く減少する気配がない。2時間半を過ぎモハービに近づくに連れ車の量は徐々に少なくなってきた。そろそろ3時間ぐらい走っただろうか、車は少なくなって来ても走る車の流れはやはり速いまま、この流れに自分がやっとついて行っている状態なのであった。某国では同じ5車線道路でもマイペースで走っている車が多く 各車スピードがまちまちだが、ここではチンタラ走っている車などほとんどいない。日本の高速道と違い休憩スポットも用意されていないので トイレ休憩や食事をとる場合 一度メイン道路を離脱して休む場所を探すしかないのは不便なところである。

エアロスペース・ハイウェイと呼ばれる14号線をひたすら北上 ランカスターと言う町を過ぎたところでいったんフリーウェイを降りてトイレ休憩をとる、小さな小売店を除いて「何か食べるものはない?」と尋ねると 「店の中にはないけど、外の屋台でうまいタコス売ってるぜ」との返答。若いヒスパニック系のお兄ちゃんが家族と営む屋台で 子供たちがもの珍しそうに我々を見ている。 決して安くないタコスだったが、冷え込む夜中、すきっ腹にはとてもおいしく感じた。タコスを食べてモハーベに着いたのは、夜9:50時過ぎだった。砂漠の中の小さな街である。町の東には、モハーベ航空宇宙空港があり 夜にもジェットの音が時々聞こえてきた。ホテル前は、大きな列車の停車場となっており星条旗をボディに描いたディゼル車両が2両止まっており 翌朝皆で写真を撮ることにした。

軍用機にしか興味がなかった私のとって消防用航空機は、知識さえ乏しい。フニュ君はその辺詳しく調べてくれており 懐かしいブロンコやターボトラッカーが撮れるという事であった。215号線を南下して30分 カルフォルニア森林消防飛行隊のあるHemetについた、フニュ君のナビで空港事務所のような場所に行くと 本当に柵の外からエプロン内のS-2とOV-10を撮影出来る環境である。しばらくすると我々に気が付いた職員2名が、中に入って撮影して良いとの許可をくれたので 奥に置いてあったベルのUH-1まで撮影させてもらった。その後ウキウキ気分のまま飛行場に隣接する「Hanger-1」というカフェで“B-52”というセットメニューで腹を満たし 次なる宿ローンパインに向かう。215号線を今度は、北上していくのであるが、途中マーチAFB近くで C-17とF-16が飛んでいるのが見えたので 再び寄って見ることに C-17Aは、先ほど撮り損ねたピッツバーグのラインが入ったAFRECの部隊、続けて地元のKC-135もT/Gを始めてこれも撮影できた。

Hanger-1 Cafe

ランウェイエンドで大型機を撮っているその時、ブ~ンというプロペラ音・・・上空を見るとMQ-9がヘルファイヤーミサイルぶら下げて飛んでいるではないの。きっとアフガニスタンではタリバンがこういう光景に出会っているのだろうと思いながら見送った。このMQ-9再び高度を下げてタッチダウン体制 先ほどまでC-17が飛んでいたコースを進入してきた。思いもかけない収穫である。 

その日の終点は、ディスバレーの谷での撮影拠点となるローンパイン(Lonepine)という小さな町。215号線でサン・バーナディオ(San Bernardino)と言う町を抜けしばらくして15号線に乗り換え 今度はビクタービル(Victor Valle)で395号線に入る。この道 狭いところは、片側1車線であり395号線だけでも延々3時間ぐらい真っ暗な道を走らねばならない。この時 初めて他の二人に運転を代わってもらい。ひと眠りすることができた。ローンパインに着いたのは、深夜である。この町は、アメリカ合衆国の最高峰(アラスカのデナリを除く)マウント・ホイットニーが近くにそびえ、ホテル前の牧場の先にその峰を眺望できた。実に美しいところである。この395号線をさらに北上すると太平洋戦争中に日系アメリカ人が強制収容されたキャンプが記念博物館として保存されている場所にたどり着く。

牧場の背景に見える山脈で 写真中心より少し右手の奥にピラミッドのように聳えるのが、アメリカ最高峰のマウント・ホィットニーだ。(正確にはアラスカ州のマッキンリー山現名デナリが最高峰)

日程3日目は、デスバレィ国立公園の中にあるスターウォーズキャニオンを目指す計画だった。スターウォーズキャニオンは、映画スターウォーズのロケに使われた場所でこの名がついているが、航空マニアにとっては、渓谷で軍用機のダイブが撮れる絶好の撮影ポイントとして有名でもあるのだ。但し 2019年の8月にVFA-151のF/A-18Eが渓谷で事故を起こしていたため 軍用機は渓谷内飛行禁止とされており,今回はここで撮影できる可能性はなかった。それでも どういう場所か見ておきたいというのがマニアの心理である。

翌朝 我々はまず日系アメリカ人が収容されたとされる強制収容施設を訪ねてみる事にした。ホテルから30分もすれば行き着くところであり、歴史的にも有名な場所なので 見ておく必要がある。

シエラネバダ山脈が連なる美しい風景のこの道を北上すると、しばらくして左手に収容所跡が見えてくる、そこは記念館として保存されている。

敵国民のように扱われた日系アメリカ人が収容された場所なので辺鄙なところだろうとは思っていたが、70年前の此処は、今以上に何もなく 特に冬は厳しい環境であったと想像される場所だった。

シエラネバダ山脈

マンザナー強制収容所は、合衆国内の辺鄙な場所に作られた10か所の収容所の1つである。写真の黒い木造の建物が、収容施設であり 当時は、これがずらりと並んでおり 収容人員は、10000人を超えていたそうだ。アメリカは、戦後になってこうした収容行為に謝罪の表明をしたが、日系人を嫌いとはいえ罪のない人々をこんな場所に送ったフランクリン・ルーズベルトの罪は重い。展示物を見たが、一部にまだ偏見を持った表現があり、残念であった。

さて いよいよ本日の最終目的地に向かうことにしよう・・・
スターウォーズキャニオンは、
395号線を再び南下、左折して136号線に入れば あとは山道一本である。右手で塩湖であるオーエンス湖を望みながら道なりに進めば190号線と名称が変わるが 道は延々と山と砂漠を抜けて続く。国立公園に指定された広大な砂漠地帯は、建物が一切ないサボテンの荒野である。ただ目に入る周辺の光景は、どれも美しく写真を趣味としている人にとっては、時間を忘れて撮影に没頭できる場所ばかりだ。あまりに美しさに車内から時々ため息が聞こえてくる。私も運転しながら風景の良い所では同乗の皆さんに「降りて撮影しましょう」と声かけをするように心がけた。

デスバレーとは、金鉱を目当てに西へ西へと移動してきた人々が迷い込んでしまった岩とサボテンしかない荒涼とした大地で、ここではとても生き行けないと言われた事からこの名が付いたそうだ。確かに整備された道路と車があれば快適だが、馬車とわずかな水しかなかったら 死を覚悟せねばいけないようなところである。グランドキャニオンもそうだったが、こうした大地に一角に大きな亀裂があらわれ 渓谷になっている。

ちょっと 汗をかいて山道を歩かないとその渓谷は望めない。

登りきるとこの谷間に遭遇したが、グランドキャニオンと比べてしまった私は、正直こんな小さな渓谷に軍用機が入ってくるのかと驚いた。我々4名は皆 厚木で写真を撮ってきた航空マニア、 「この場所なら 厚木のマニアは、ピント外さないね・・・」などと軽口を飛ばした。もちろん冗談です・・

事故の影響で渓谷内を低空で飛ぶことが禁止されていたが、時々ジェット機の轟音が聞こえ 数日ここに張り付いているという日本人夫婦に声をかけたら 高度は高めだが、日に何機かは付近に飛来しているそうである。

事故の有った現場につながる道は閉鎖されており、入れば刑務所入りだと警告書に書かれていた。欧米のマニアは、それでも結構来ていた。我々は、地元に精通しているマニアからの情報でいくつかの撮影ルートを探索して ポイントを確認、次回飛行禁止が解除されることを祈って ここを離れることにした。さて 翌日は、いよいよラスベガスに向かって長距離移動である。

ネリスツアー4日目 ローンパインで2泊目を終え いよいよ今回の最終目的地ネリス空軍基地のあるラスベガスに向け出発だ。ルートは昨日と同じスターウォーズキャニオンを通過して デスバレー国立公園を横断するルートでネバダに入るのだ。早朝の風景 砂漠に立つ十字架のように電柱の金具が朝日に輝いていた。この周辺はどこを切り取っても絵になる風景であった。

190号線を北北東の方向に向ってひたすら走る、広大なデスバレーを超えればネバダ州に入れるが、奥に見える山々を2つ3つ超えないといけない。ネバダはまだまだ先である。

砂漠の中のオアシスとも言える休憩施設、ここで飲料水を購入して トイレ休憩。先はまだまだ長いぞ・・・

Mr,Funyu in NAVADA !! Oh Yeah !!

漸くラスベガスの到着 我々は、市街地を避け市の北側住宅地を走りネリス空軍基地へ向かう、ナビと40年前の記憶が便りである。本日運転は、フニュ君 ナビは、私・・・ ショーの前日であり予行のフライトがあるはずで 早くランウェイ脇の道路まで行かねばならない。

ネリス空軍基地の正門である。懐かしい、当たり前だが40年前の門とは全く違う近代的なものに変わっていた。この交差点を左折して一気に撮影ポイントへ・・・上空を沢山の戦闘機が飛び回り 同乗の皆も興奮の域に入っている。

撮影ポイントは、すでに多くのカメラマン&ギャラリーで埋め尽くされていた。駐車できる場所を探して 素早く場所の確保である。

付記

予行の演目が終了すると日は、西に沈みかけていた。ギャラリーたちもグループ単位で今日の宿に帰り始めた。ここを走る15号線は、ラスベガス・フリーウェイと呼ばれる重要な幹線道路で 写真の方角に進めばユタ州のソルトレーク・シティーへ辿り着く。40年前 私と友人はこの道からラスベガスに入りし ネリスの撮影ポイントと出くわした懐かしい道だ。
さぁ 明日から2日間のショー本番である、朝は早いぞ~!

我々は、この後2日間のショーを楽しみ 2日目のショー終了後 そのままラスベガスからロス・エンジェルスの宿に車で移動、翌朝の便でアメリカを後にしたのだが、帰国後 今回どの位移動したのか、移動距離数ではなく移動規模を日本の地図に当てはめてみた。下はほぼ同縮尺の日米の地図だ。

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店内 飛行機でいっぱい、おすすめメニューは、B-52!!

↑今は走ってきた道を車を止めて振り返って見た・・・奥の山の右手あたりがスターウォーズキャニオンである。

右地図は、我々が実際に走行したルートをアメリカの地図に落とし込んだもの、右は、それを同縮尺の日本の地図に当てはめたものである。ロス・エンジェルス空港を起点にスタートして カルフォルニア州内各所を走り ラスベガスに移動 その後再びロス・エンジェルス空港へ戻った一連の行程を日本に当てはめてみたら・・・・・


まず 中部国際空港から名古屋市を抜けて初日は岐阜の高山で一泊 2日目は伊豆半島先端まで足を伸ばし見学後 能登半島の輪島まで北上し2泊目。3日目は輪島から立山連峰を散策して再び輪島で3泊目 4日目は輪島を出発して 遥々栃木県の日光へ。
日光でショーを見学して2泊 ショー終了後日光から直接中部国際空港付近の宿まで走り 翌日朝帰国・・・・みたいな感じだった。
老人ツアーにしては結構ハードだったかも・・・

オーエンス湖