第20大隊
第2中隊徽
第11中隊徽
第6中隊徽
私が台湾で駐在生活を始めたとき台北郊外の松山基地(国内線のターミナルを持つ軍民両用基地)で一番目にする事が多かったのが C-119Gである。当初は、尾翼のマークが「象」と「駱駝」の2種類である事と コックピットグラスラインとスピナ−の色分けが数種類あることしか判断できなかった。後々 この尾翼に「象」のマークを入れているのが、第20大隊のC-119Gであって 1984年に解散してしまったことを知ったわけであるが、幸いな事に中隊徽の描かれた機種のアップ写真も残っており 今では貴重コレクションの1つになっている。
   
//第20大隊は、その前身である「空運第2大隊」が1948年にC-46を装備する4個中隊を麾下においてスタートしたことに始まるが、1958年頃からC-119Gを受領し換装 その後1984年に10大隊に吸収閉隊するまでC-119Gを使用し続けた。台湾の空輸中隊は、16機編成と言われ最盛期には、6個中隊約96機の大所帯であったはずだ。麾下の11中隊には、胴体左側面に6基のガトリング機関銃を備えたAC-119Gも装備されたそうである。

..日本の九州程度の面積である台湾が 何故このように多数の輸送機を必要としたかについては、蒋介石政権が大陸を追われ台湾に移動して以来目標としていた「大陸への反攻」と関連があったと考える。これらの輸送機は、物資輸送よりも空挺部隊の訓練に力を入れてきたことが この事を裏付けている。しかし 大陸中国との厳然とした軍事力の格差と時代錯誤となった「大陸反攻」作戦の非現実の前に 次第に大量の輸送機を必要としなくなったことは、当初C-130Hを12機しか輸入しなかった事により判る。こうして 次第に老朽化していく(すでに充分老朽化していた。C-119Gの減耗により この20大隊は、解散にいたったわけである。機体を引き継いだ第10大隊の2個中隊は、さらに10年以上このC-119を使い続け 軍用機としてのC-119の歴史に最長記録を書き加えて幕を閉じた。       (2002/1/11 記) 
C-119G(3167) 20AW 11Sq ....1982
C-119G(3123) 20AW 6Sq ....1982
C-119G(3133) 20AW 11Sq ....1982
C-119G(3165) 20AW 2Sq ....1982
上の写真でお解かりの通り 第2中隊が 赤、第6中隊が黄、第11中隊が青のスコードロンカラーだった。また 上写真のうち 編号”3133”が4枚ブレードのプロペラである。 配備されたC-119Gのほとんど3枚ブレードに換装した中 非常にまれにこう言った未換装の機体も見ることが出来た。

20AW 2SQ REDLINE
20AW 6SQ YELLOWLINE
20AW 11SQ BLUELINE
C-119G(3174)
20AW 11Sq ....1982
C-119G(3210) 20AW 6Sq ....1981
空軍軍史館展示のC-119G(3190) 2sq
20th AIR GROUP
第6中隊徽
第20大隊徽
空軍軍史館に展示されているC-46輸送機 塗装は、ダーククリーンが鮮やかに塗られているものの 配備当時は、上面をもう少し明るめのオリーブドラブ、下面をグレーに色分けしており 各大隊徽を尾翼に描き 3桁のナンバーを書き込んでいた。
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C-119G(3174) 20AW 6Sq ....1982
編号”3174”は、1982年に2度撮影しているが 11SQと6SQの写真があり この間に所属が変わったらしい。
C-119G (3112) 51-2716 20AW 6Sq ....1983
C-119G (3140) 53-8096 20AW 2Sq ....1983
C-119G (3154) 52-5954 ・・20AW 2Sq ....1983
当時 C-119Gを撮るために 通った建設中のマンションの屋上、ここから 憧れのC-119のタキシングとタッチダウンが良い具合に撮れたが 基地門衛の警備室も近くにあり こちらの動きを察知されないよう タッチダウン間際まで 顔を出さないよう気をつけなければいけなかった。今となれば 当時ネガカラーで撮った下の3枚の写真も貴重な記録となってしまった。 
1997年 台湾で長らく使われてきたC-119GもついにC-130Hに更新され 引退となった。このセレモニーでは、13年前の1984年に解体となった20大隊の3個飛行隊のマーキングでの再生が行われ 全盛期の2個大隊 6個飛行隊が再現されて最後を飾った。以下の作品は、全て 台湾の友人からのものである。Many thanks to my taiwan's friends !
第6飛行隊(6sq)の鹿のマークが鮮やかである。軍楽隊も待機してセレモニーを待つ。
C-119G (3120) 51-8070 ・・20AW 2Sq ....1997
C-119G (3204) 51-8150 ・・20AW 11Sq ....1997
C-119G (3192) 51-8120 ・・20AW 6Sq ....1997
1981〜1983年の間 20大隊のC-119は、まだ活躍していたとはいえ 1984年の解散を前に 塗装やマーキングは、劣化しており 当時何が書かれているかよく判らなかった。しかし こうして引退セレモニーで再現してもらえば 全盛期の彼らたちが蘇るようだ。
 (Photo by CCK−FOX)
〜1984