第4大隊
Wings
22 TFS
21 TFS
455TFWの各中隊は,F-5Eの部隊として唯一1980年代後半に各中隊徽を尾翼に描き マニアにとっては最も食指をそそる部隊であったが、 1990年秋に発行された通達により大隊徽に塗り直された。
Insignia
23 TFS
台湾を南北に縦断する高速1号線(昔は高速はこの1本だけだった)を南に向かってひた走る。以前は台北から高雄までの出張の時は よく高速バスを使ったものだった。台中市を過ぎてさらに南下したところで 右手に高速道と平行したRanwayを持つ空軍基地が遠望できた。無数のシェルターには、時々F-5らしき機影が見えたものだ。だから出張でバスを使う時は必ず右手の席を確保して カバンに200mmを忍ばせていた。嘉義と言う南部の田舎町にこの基地はある。田舎と言えど この基地に本拠地を置く 空軍第4大隊は、台湾きっての精鋭部隊であり 所有するF-5Eも最新の型が多く 台湾で唯一マーベリック対地ミサイルの運用が出来る部隊でもあった。台湾にF-16A/Bが配備する際も 真っ先にこの部隊が受領している。
 以前 アメリカの”TOP GUN”がブームになった頃 日本でも”BEST GUY”などという 「全くようやるよ!」と言いたくなるくらい猿真似の映画を作っていたが、なんと台湾でもこの手の映画が制作され放映されていた。1993年の頃である。台湾の友人から誘われて見たこの映画の主人公が所属する部隊も 嘉義の第4大隊であった事を思い出す。
Insignia of 455TFW
Insignia of 4AG
嘉義空軍基地は、日本でも有名な阿里山への登頂の入り口でもある。この嘉義駅から車で10分ぐらいの距離に嘉義空軍基地は存在し 21.22.23の続きNo.の3個戦術戦闘機中隊を要していた。台湾には中国大陸に極めて近い領土として金門・馬祖などの諸島があるが、これらの空軍施設への派遣は ここの3個中隊が交代で部隊を派遣していた。
桃園の第5大隊とこの第4大隊とが、最新のF-5E/Fを使用しており グレーのシャーク・ノ−ズに改められたF-5Eが主流であったが、上写真のように従来のBlackのノーマルノーズも1/3近くは残っていた。台湾のF-5Eは、AIDCでのライセンス生産であり 軍に引き渡されたF-5E初號は”5101”号機、右の”5254”と”5285”はそれぞれ154号機と185号機に相当する。
この嘉義空軍基地には、このページでご紹介する戦闘機部隊の他 救難を行うS-70の部隊も本拠地としている。救難隊は別の項で詳しく説明するが、以前はHU-16アルバトロスを使用しており その時代に是非撮りに来たかったものである。
下写真で 全体が白いAAM-9サイドワインダーを両翼につけているのは、アラートについていた機体で ミサイルは実弾である。航空自衛隊に比較し 日常の飛行訓練は少なく 週に数回飛ぶだけであるが 飛行訓練が開始されると 多くの機数が参加する。 
台湾では、F-5Eに様々な兵装を装備していたが、制空任務より対地攻撃がメインではないかと思いたくなるようにバライティに飛んでいる。マーベリック対地ミサイルをはじめ 集束爆弾、各種ロケット弾、スネークアイレーザー誘導爆弾などその装備は多様である。
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下段 左端のF-5E”5215”は左翼にオレンジ(ディグロ)の筒状のものを付けているが、計測用のものらしい。IDFのチェイサーとしてフライとした際は大抵これを付けていた。CCKにおけるタキシーウェイにて。
1990年代前半は、4AGだけが マーべリックの運用ができたため 展示も行われた。( CCK-FOX 君 撮影)