第5大隊
Wings
27 TFS
26 TFS
17 TFS
401TCWは,F-5Eの部隊として 長らく部隊マークをいれることはなかったが 1992年以降 大隊徽を尾翼に描き始めた。
Insignia
天空的戦士
Sky Warriors
1981年突然 何の予告も無く「来月から台湾に言ってくれ」との辞令を受けた。中国語の研修も無く10日後には台湾に赴任することになる。就職して関東を離れ 大阪/名古屋と転勤して 今度は台湾かい・・・台湾は準戒厳令下にあり 飛行機の写真を撮ることなど考えられない。いよいよこれで俺の楽しみも当面お預けだ、なんて思いながら台湾に向かった私のカバンには200mmが入っていた。(実に往生際の悪いやつである) 台湾の国際空港について 迎えの車に荷物を積み込むとき 突然キューンという旅客機らしからぬ音が聞こえたので目をやると なんとF-5Eが4機もオーバーヘッド/ブレークで近くに下りていくではないか。この時から私の台湾空軍への執着が始まった。中正国際空港と平行して 台湾空軍の大きな基地があることが判明 いずれは青天白日旗をつけた戦闘機を必ずや撮ってやるぞと誓ったのである。(そんな 大げさなことか・・)桃園市大園にあるこの桃園空軍基地にはRF-104の部隊の他 F-5Eの実戦3飛行隊が所属していて フライト数も多い基地であった。
大隊徽は、頭に羽根を生やした”虎”であり 私は当初シェンノート将軍のフライングタイガースと何らかの関連のある部隊かと思ったが、調べてみるとやはり「中美混合団」としてアメリカ軍と共同戦線で戦っているようである。1936年浙江省で生まれ HawkU.Vを使用していた。後にイリューシンI-15/16に更新するが、進出してきた日本海軍の零式艦上戦闘機との性能の差は歴然としており この部隊も 成都防空で大きな損害を被っている。1943年ごろP-40を受領し 1945年頃にP-51D/Kムスタングも戦列に加わっている。台湾に移動して桃園を本拠地とした際は、P-47サンダーボルトに機種転換しており この時点で17/26/27の3個中隊と言う現在の編成になったようだ。台湾海峡での大陸中国との戦いにおいては、位置的にも活動の中心的役割を負っており Mig撃墜など戦果をあげている。この中には後に新竹基地の第499聯隊長となり 空軍総司令ともなった林文禮大将もいた。
右写真は、桃園基地の概容であるが、上が聯隊本部などが集まっている建物群、下は第27戦術戦闘機中隊のOfficeより タワーの方向を望んだものだ。白い屋根の大きな格納庫の上に官制タワーが見れる。桃園も殆どシェルター運用の為 これら格納庫に入っている機体は整備が必要な機体だけ担っているようだ。
1993年当時は、各戦闘機中隊のパイロットは、当時の航空自衛隊と同様 エンジのフライトスーツだった。台湾も4方を海に囲まれており 演習のレンジも殆ど海上であるため これらのスーツを使用していたが 1994年よりは、一斉にグリーンのスーツに変更された。現在もオープンハウスなどで説明員として出る時には、このエンジのスーツを着用する。
現在は、高い塀で基地の外周を囲むようになったが、以前は所によっては柵さえも無かった。ある日 私はCCK-FOX君と桃園でF-5を撮ろうと降りのポイントに向かった。そこは、水田地帯である。朝早く そのポイントにいると盛んに林の奥から戦闘機らしき機体のテーク・オフする音が聞こえる。少し 林の中に入って先まで行ってみようと歩き出した。林を越えるとまた田んぼ、田んぼの先にまた林である。音はすれど姿見えず さらに進むと 突然 下の光景(↓)にぶつかった。「うあ〜!すげ〜!」夢中でシャッターを切ってしまった。しかし しばらくして冷静に考えてみると 柵が全く無い。CCK-FOX君曰く「ここは水田だが軍の用地、農民は許可を得て耕作いているんだ」私「・・・・ ヤバイ!」 早々にここを脱出である。翌年のオープンハウスの際 我々は、エプロンの機体を撮影した後 直ぐに向かったのがここのランウェイエンドの直ぐ脇である。絶好のポイントであり OH時であれば 見つかっても問題はないと判断した為だ。1999年桃園基地は外周にレンガつくりの高い塀を完成させ 今はこのポイントも消えた・・・・突然
Burner On!Take off・・
Insignia of 5th AG
台湾の航空マニア達と私は、1つの約束事をしている。それは、絶対にタキシングの写真を公式に発表しないと言うことである。台湾の航空マニア(航空迷)達は、撮影のチャンスに恵まれていない公には写真撮影を認められていないからである。しかし その情熱は、日本のマニアにも負けないほどで最近は海外渡航も自由になって 日本/アメリカ/ヨーロッパと遠征している。彼らにとってもタキシングが撮れるポイントは非常に貴重であるからで 失いたくないのだ。だから タキシングの写真はOH以外雑誌等には投稿もしない。したがって 本HPに掲載しているタキシングの写真は、彼らの了解に基づき既に撮れなくなった”失われたポイント”のみである。加えて 場所の限定も、極力記載しないようにしているのでご了承願いたい。
5AG’s Insignia on tail of F-5E & F-5F ib 1993
F-5E/F of 5AG (Taoyuen Air Base)
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The Period of F-5E/F
何とこのページの写真が 中国空軍ネット(中国空軍網 WWW.PLAAF.NET)に盗用されちゃってます。結構 見られてるみたいですね。某国の事ですから 何を言っても無駄でしょうが・・・まずはご覧ください。http://www.plaaf.net/Air-Force-Deploy/Taiwan-Air-Force/201004/648.html
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5th AIR GROUP
(1993)
(1993)
(1993)
(1993)
(1993)
(1993)
(1993)
スクランブル用のハンガーを覗くと その奥のエプロンに駐機しているF-5Eが見えた。光が良い具合にあたっており すかさずショット!
あの時の感動が忘れられず 桃園空軍基地の航空祭の時にエプロンの展示機を撮る前にこのポイントで デモフライトに向かうF-5Eを撮ることとした。手前の水田には植えつけられて間もない稲が風に揺れる。