F-5B of HUALIEN AB
台湾東部の花蓮空軍基地には、1990年半ばまで若干のF-5Bが残っていた。私の場合、外観上 T-38タロンとほとんど見分けをつけることができないが、まさしくF-5Bである。台湾の場合 T-38との区別は、塗装の違いで判別できた。彼らは、所謂ベトナム迷彩で身をまとっていた。台湾駐在時代 出張先の台南で何度かこの機体のテイクオフを目にし 休みを取って撮影に出向いたが撮れなかった為 ずっと残念な思いが残っていた。たまたま 1994年の夏に花蓮基地内の格納庫に数機収められているのを目撃した私は、このチャンスを失うともう引退が秒読みに入っているF-5Bには縁がないと撮影の許可を求めたがこのときも許可がもらえなかった。 もう駄目かと半分諦めていたが 1996年花蓮に赴いたときに何とF-5Bの引退セレモニーを偶然目にすることになる。何と言う幸運だろうか!人間何年も思い続けていると希望がかなうものである。
航空自衛隊のT-2型に相当する高等練習機を持たなかった台湾空軍は、T-33/AT-3Aなどの中等練習機に訓練課程を修了した後は、各飛行隊で複座型を用いた訓練課程に入る。時に数量的に主力であったF-5A/Eの場合 不足気味のF型を補う意味でもこのB型は、多くのパイロットの練成に必要不可欠な機体であったことだろう。また 他の戦術戦闘機が制空グレーに衣替えした後も 何故このB型が初期の迷彩を残したままであったかの詳細は不明であるが、有事の際 戦術攻撃にも転用できる兵器システムを搭載している事と多いに関係がありそうだ。 

1996年PKR-64と共に コダック製のテクニカルPANを使用していたので この機体も白黒フィルムでの撮影もしていた。ホームページ用にかなり縮小して貼り付けてはいるので表現できないが 実際に引き伸ばしをしてみると塗装面などが繊細に表現された写真に仕上がっていた。

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8AGは、一時部隊徽のロービジ化を計り F-5Bの場合は、迷彩の為 白抜きのものが採用された。
F-5Bは、A型と比較し20mm機関砲がない以外 基本的にその他の兵器システムはA型と同じで 戦闘任務も可能であった。
F-5B (1112)
F-5B (1116)
その他のF-5B
空軍軍史館展示のF-5B (1104)
1991年頃 CCKに飛来した8AGのF-5B(1117)
(マークが塗り掛けである)