1st AIR GROUP
The Period of F-5E/F
第1大隊
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Wings
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台湾島は、15世紀までは大陸の文化の影響を全く受けない独立した島であった。本格的に漢人が入植し始めたのは、1620年代からで ここ台南に港を開設してからと言われている。つまり大陸では、明の時代である。山地人と漢族から呼ばれた原住民(漢族ではない)が生活していた孤島から 中華文明が少しずつ浸透し始めるが 大陸の皇帝は、歴史上それまでほとんどこの島には関心が無かったから 清の時代でも砂糖や御茶の生産地として細々と経済をなしてきたわけである。 ほぼ漢族と同じ時期に台湾に来て植民地化を進めたオランダと当時はあまり変わらない影響力しかなかったから 「台湾は、中国の一部」と胸を張れるほど永い歴史的な背景は無い、日本における沖縄的存在に近い。15世紀から日本政府が台北に総督府を置くまでの間 台南地区は、この台湾島における経済の中心地であり首都であった歴史のある町である。空軍の第1大隊が配備されているのも こうした歴史と関係が深いようである。
実を言うと1981年から2年の駐在時代、唯一戦闘機狙いで撮影に出かけた空軍基地が台南基地であったが それは、出張でで台南市に行った際に町の中心地で F-5 F-5Bがま間近に見えたからである。市街地で上手くすれば200oで戦闘機の着陸が撮れると確信したわたしは、有休を取り彼女を伴って汽車で4時間もかけて台南に向かったが 残念ながら雨模様の天気で全くのオケラだった思い出がある。リベンジができたのは、それから10年以上後のことであった。 
同じ台湾フリークだったMM君と初めて桃園基地にF-5を撮りに行った時である。夕方 4機のフォーメーションで上空を通過したF-5E/F、すっかり第5大隊の機体と思っていたが 尾翼のマークが「丸くない!」 何と台南からの飛来であった。これが私のファーストショットである。
桃園でのポジション探しは苦労した・・水田の中で雑木林が点々とあり 順光で捉えられる位置を探すのは、何機か着陸を見なければ判らない。最初の機体は、完全にシャッターチャンスを逃し 御見送りの後ろ姿 後方に下がれる適当な場所が無く 全景が撮れそうなのは、逆光覚悟で前に進むしかない。フライト数の少ない台湾空軍機 夕方になって数機が降りてくれたが フライトした日に遭遇しただけで幸運だったのである。
全くひどい逆光の証拠写真ではあったが 第5大隊のF-5Eの含み 最初の挑戦で何とか台湾空軍の戦闘機を捉える事が出来たという満足感に浸った。この後 数機の第5大隊所属のF-5E/Fが着陸したが すべて逆光を覚悟で同じポジションから撮影した。翌年からは、撮影場所を特定できたので 順光写真を撮れるようになったが 台南の飛行隊が桃園で撮れたのは、最初で最後となった。
友人のCCK-FOX君からいただいた写真「台南の航空ショーでは、F-5のタキシングが撮れるのか?!!!」しかもここのF-5Fは、鼻が白いじゃないか!!この写真を見て 早速台南の基地への憧れが強くなり 私の台南通いが始まった。1993年8月14日撮影 Photo By CCK-FOX
1993年に展示されたF-5Fは、5403号機(30129)、翼端にサイドワインダー、翼下には、レーザー誘導爆弾と右翼にロケット弾ポッドという豪華な吊るし物であった。展示飛行の詳細は不明であるが 4機ほどのF-5E/Fが飛行したと伝え聞く。
1982年仕事の合間にホテルから撮ったF-5E.当時ベトナム迷彩のものが多かった。