1st AIR GROUP
The Period of F-5E/F ‐ 3
第1大隊
HOME
Wings
F-5F/5355
F-5F/5393
F-5E/5186
F-5E/5142
F-5E/5208
F-5E/5157
F-5E/5134
F-5E/5137
迷彩パターンは、様々なタイプが存在したが、特に毛色の変わったものが 5137号機 これだけ濃淡の違いがはっきりしているのは、台湾空軍唯一であり 一説には塗料の調合を誤ったのではないかと言う話もある。基本的には濃淡2色のグレーであり 淡グレー1色のものも 後に濃グレーのオーバースプレーを施されている。
F-5E/5157   F-5E/5139
F-5F/5399  F-5E/5186
さて 台湾空軍でも若い兵士はすでに知らない人も多いかもしれないが ここは、日本が統治していた時代 台南海軍航空隊として 精鋭部隊が配備されていた基地である。1941年に発足した戦闘機部隊であるが 坂井三郎、西沢広義などの多くのエースを生み出した部隊である。飛行場は、もちろん日本によって当初造られたが現在では、R/W18-R/W36とほぼ南北に伸びる3050メートル、幅45メートルの第1級の滑走路を持つ空軍基地である。どうも周辺にミサイルサイトがあるらしく 航空祭の時は、撮影方向を制限されることが多かったが 民間空港と併用の為 台湾旅行でこの飛行場を利用した友人も多く 戦闘機の姿を見ている。
すでに使われなくなった旧ターミナルと旧管制塔。
新しく建設された管制塔
ランウェイは充分な長さがあるが 通常飛行訓練では、ドラッグシュートをほとんど使っていた。白いシュートが美しい
1996年の8月撮影
F-5F/5393
1990年代中期 台南空軍基地の各シェルターは、白に近いグレー色と濃緑色の2色で塗られ 他の空軍基地とは、色合いの違いがはっきりしていた。盛り土の間にも航空機を置けるようになっており プロペラの攻撃機A-CH-1は、こうした場所にラインナップされていた。
淡いグレーの単色であったF-5F/5407もIDFに転換される後期には、濃いグレー色を吹き付けられた2色迷彩となっており これも色合いが他の機体よりも一段と濃い為に迫力のある姿に変身していた。
1993年当時レーダードームが白く見えたF-5F/5403、IDFに転換される最後まで 台南基地を離れることは無かった。