1 FW
アメリカ大陸の東海岸 バージニア州にあるラングレーAFB。ヨーク川とジェームス川にはさまれた中州の出口のような地形の所で(中州と言ってもスケールがでかい)造船で有名なニューポートニースやハンプトンと言う街に隣接している場所に この有名な空軍基地は、存在する。この付近は、多くの川が大西洋に流れ込んでおり 入り江も内陸に深く食い込んで実に複雑な地形をなしており ラングレーAFBも周囲を一部入り江に囲まれたような場所で 周辺は湿地帯である。ここに第1戦闘航空団(1FW)が、本拠地を置いて F-15C/D 3個飛行隊を運用している。1 FWは、1975年にTAC(現ACC)で最初にF-15Aを受領した航空団で テールレター”FF”は、First-Fight(真っ先に戦う部隊)を示していることは、有名だ。傘下の第27戦闘飛行隊は、1917年の創設で空軍中最古の飛行隊であり 1975年6月30日に戦術戦闘航空団として最初のF-15A/Bを受け取った部隊でもある。また 第94戦闘飛行隊も歴史が古く 第1次大戦で多くのエースを輩出している。
 最近では、1FWは、湾岸戦争で最初のイラク機(ミラージュF1)を落とした部隊として名をなし(但し1機だけだった)この機体は、いまだに撃墜マークを機首に入れている。
(2002/10/6 記)
ラングレーAFBには、1FWが本拠地を置くだけでなく その上部組織であるACCも本拠地を置いており 隣接してNASAの研究センターもある。日本でいえば入間基地と百里基地が合体したような基地で 外来も多い。一部を入り江に囲まれていることもありゲートは、正門と第2ゲートの二つだけで 正門の方にはF-4CやB-52などがゲートガードで飾られている。1FWそのものが、ラングレーに本拠地を移したのは 意外と最近のことでF-15Aを受領した1975年6月である。
ラングレーAFBは、オシアナ海軍航空基地に比較的近い。1999年我々はオシアナOHの前日にラングレーの下見を行ったが、東からの海風が吹けばバッチリ撮れる環境にあった。但し 例の9/11事件の後は、警備が厳しくまず撮らせてもらえないだろうと考えていた。2002年のオシアナOHに赴いた際 それでも行ってみようと撮影を試みた。場所は第2ゲートの付近であり セキュリティーから直ぐ発見されるような位置になる。午前中 風は西風 海側からLNのF-15C/MNのF-16など外来と地元NASAのブロンコが降りたが ただ指を咥えて眺めるだけである。午後 運良く風が変わり ゲート前で堂々と撮影を行った。1FWの各飛行隊が入れ替わりで7-8機づつ繰り返しフライト、友人とさんざん撮影し日が傾く頃最後の機体を撮影しおえてカメラをしまいこんだその時!!「君達 ここで写真撮っていたのか?」・・・来た!私服のセキュリティーである。「ここは、撮影禁止だ、見るだけならいいが 撮ってはいけない! まさか 写真とってないでしょうね?」・・我々「オシアナのOHに来たんでここは見学しているだけ、全然撮ってましぇ〜ん」と嘘ぶっこいて退散である。なんと言うラッキーだろうか・・ 
Main-Gate of Langley AFB
No.2 Gate of Westside
27 FS "Fightin Eagle"
71 FS "Ironman"
94 FS "Hat in the Ring"
東側は、このように海に面しており F-15は撮れないが ウミネコなど海鳥がのんびりと羽を休めている。
アメリカ本国での 東岸側オープンハウスでF-15のデモンストレーションを行うのは、1FWである。下の写真でFF-019(タキシング)は、NASオシアナでのデモ飛行時のものであるが、機種に「Demo Team」のステッカーが貼られている。オシアナではたいてい P-51とかF-86とかいった往年の名戦闘機と編隊を組んで観客を喜ばせる。
湾岸戦争において 1TFWは、イラク機を1機撃墜している。当時71TFS所属のスティーブン・テイト大尉は、サウジアラビアのダーランを離陸 F-111 F-117などの攻撃隊の援護をしていた時 ミラージュF-1の接近をうけスパローでこれを撃墜した。湾岸戦争で40機以上のイラク機が撃墜されているが 内37機がF-15Cによって落とされたもの 多くは33TFWの戦果であったが スティーブン・テイト大尉は湾岸戦争で最初に撃墜を果たした1人として当時注目を浴びた。下の写真”FF-017"の機種には ミラージュF-1と書き込んだ緑の星の撃墜マークが入っている。
1FWの”Let's Roll"は、この94FS所属機にあった。”FF-088"である。2002年にはすでに尾翼にUSAFの新マークが何機か確認された。旧TACマーク(現ACC)を見慣れた目には少し違和感のあるマークである。94FSの期待の多くが 他のFSと異なり 機種のレーダーコーンを濃いグレーにしていた。
Langley's Photo
ランプインする27th FSのF-15C。この飛行隊は、真っ先にF-22に転換した部隊で 第1戦闘航空団のモットー”FF”のテールレターが示すとおり 真っ先に戦場に赴く飛行隊として最新鋭機を受領し 何かことが起これば前線展開していく。因みにF-22に転換した27th FSは、2007年2月から3ヶ月間 沖縄嘉手納基地に展開した。
F-15C of 27thFS/1FW (81-0051)
ラングレーのF-15と言えば、1979年3月19日から3日間 三沢基地で行われた”Joins DACT-3 Excercise"別名コープノース79-3に 4機のF-15A(74-114、74-132、74-109、不明)が参加し 自衛隊のF-4EJやF-1との異機種戦を展開した部隊である。尚 日米DACTの最初は、1978年11月だったそうだ。
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