The Peiod of F-15C/D Page-3
18TFW
Wings
ウィリアムテル82”での総合優勝を期に1982年末から書き込まれ5年に及び親しまれたシェブロンのスコードロンカラーも1988年秋頃から姿を消し 従来のフィンチップをユニットカラーのラインを入れるだけのシンプルなものに変わった。但し 尾翼内側の将軍マークだけはそのまま残され シルエットラインのものとダークグレーで塗りこめたタイプが混在した。但し この頃の18TFWの機体は、”313AD"”18AGS"”44AMU"”67AMU"”12AMU"など指令官機の表示に独特な時期があった。1991年に18WG(第18航空団)が設立されるまでの短い間ではあったが マニアにとっては楽しめた時期であろう。
上下2枚の写真は、岩国のフレンドシップディーに展示された67thTFSのF-15Cである。白黒写真なのでわかりにくいが 67th TFSの赤のラインが尾翼に引かれ 国籍マーク スコードロンマークなどすべてが 黒いラインで描かれたよりロービジビリティ(低視認性)のマーキングになっている。両機ともに1978年予算のF-15 C型初期発注ロットである。 
1979年の嘉手納基地F-15C/Dの配備から 10年を経過した1989年、マーキングを配備当初に近いオリジナルのものに戻した。この時期 フィリピンの26ASが嘉手納に移駐し 18TFWの訓練もより充実してきた時期である。アジア方面の米軍は、フィリピンの3rd TFWにF-15Eストライクイーグルの配備計画があったがこれがキャンセルとなり(後に エルメンドルフで実現するが) 足の長い第4世代戦闘機は、嘉手納にのみ存在することになる。チームスピリットへの毎回の参加などで 18th TFWの錬度も向上し 朝鮮半島に対応する長い槍の役割をしっかりと勤めていた。1991年には、アメリカ空軍でもっとも早く生まれたコンポジット航空団”第18航空団”18th WGが生まれ 新しい時代に突入するとともに 18thFWのF-15C/Dもグレー基調の本格的なロービジ塗装に変更されていく。 
上写真は、航空写真の大先輩でもある和田さんから送っていただいた嘉手納基地の上空からの写真である、旅客機の窓から撮影されたもので 通常の国内線沖縄便はこのコースを飛ばないため 海外便からの撮影か・・・
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