12TFS
click here
NEXT
嘉手納 18TFWの4つのF-4飛行隊の内 44TFSと共に18TFWの傘下にあった歴史が長い飛行隊。なんと太平洋戦争時 P-38/P-40などを使用していた時代からだそうだ。18TFWがPACAFで最初にF-105を受領した時 44/67TFSと共にF-105を受領 その後ベトナム戦に狩りだされ 他の飛行隊が損耗や組織替えで消えていった中 唯一18TFWに残った飛行隊であった(ZAのテールレターと尾翼に黄色いライン)。しかしベトナム戦後解隊されペーパースコードロンになったが、1975年に F-4Dを得て再び18TFWの下で正規の戦闘飛行隊に復活したもの。尾翼のフィンチップを黄色に塗っていた為 他の飛行隊所属機と比較すると 遠くからでも飛行隊の判別は容易だったが 右のインシグニアは 当初何が書いてあるのかわからなかった。F-15Cに機種が更新になり 航空祭に展示されて始めて「こんなんだったんだ!」と知った次第である。以前はインシグニアのラべルに部隊のモットーである”IN OMUNIA PARATUS”(すべてに備えろ!)の文字が入っていたそうだ。(2002/8/6 記)
25TFSのZZ-268(奥の機体)とペアでランディングする12TFSのZZ-681.このように 同じ飛行隊同志より他の飛行隊と訓練飛行するケースの方が 多かったように思える。
Insignia of 12TFS
空対空のみの訓練なのかもしれないが、AAM(AIM-9J)の訓練弾だけを付けて フライトした12TFSのF-4D。通常ガン・ポットや燃料タンクをぶら下げて フライとしている機体が多かったため 時々このように殆どクリーンな状態でフライトするF-4Dを見ると 普段の重厚なイメージと若干異なる印象をもった。

右写真下の50-666は、文献によると1972年から タイのタクリABに展開した49TFWの司令官の乗機だったとの事で 以前はインテークベーンに”ミグ撃墜”マークを入れていたそうである。
上写真 対地攻撃用訓練の装備として18TFWのF-4Dは、様々兵装をぶら下げていたが、その一つがマーベリック(雄牛)対地ミサイル、もちろん実弾ではなく訓練弾であるが これをぶら下げているとかなり迫力を感じたもので 撮れた時は嬉しかった。このTV誘導のマーベリック・ミサイルを運用する為には AN/AVQ-23ペーブスパイラル・ポットの装備など改装が必要で 18TFWのすべての機体が運用できたわけではなかったようだ。AGM-65マーベリックは、現在ではIIR赤外線イメージホーミングも可能になったが 当時はテレビ誘導する上で最低の可視光線が必要であった。しかし その破壊力は高く 中東戦争時イスラエル空軍がアラブ陣営の戦車攻撃に使った際 「マーベリックはミサイルとしてはいいが これで撃破した敵戦車は、修理して再生使用することが全く出来ないので困る」と言わしめたほどであった。
ZZ-561 (66-7561)
ZZ-668 (66-7668)
ZZ-679 (66-7679)
ZZ-681 (66-7681)
ZZ-693 (66-7693)
ZZ-709 (66-7709)
ZZ-815 (66-8815
ZZ-817 (66-8817)
ZZ-505 (66-7505)
ZZ-659 (66-7659)
ZZ-693 (66-7693)
ZZ-698 (66-7698)
他の飛行隊と同様 インシグニアが小型化された後の12TFSのF-4D ↓
上写真のZZ-709(66-7709)は、1967年12月17日 AIM-4ミサイルで Mig-17を撃墜した機体。当時は、432TRW 13TFS所属で”OC"のレターをつけていた。この機体 後にオクラホマ州のティンカーAFBのAFRES 465TFSの所属となり「SH」のレターをつけた。
HOME