25TFS
現在は、韓国駐留 水原空軍を拠点とするアジア唯一のA-10A部隊として有名である。1941年に創設された飛行隊で 太平洋戦争時は主に中国戦線/ビルマ戦線で活動した。その後もアジア方面での活動が主であり 朝鮮戦争時は、F-80/F-86を装備して 中国空軍機など敵機を100機以上撃墜している歴戦の猛者である。1960年に一度解散しているが、5年後の1965年に復活し 1968年から8年に渡りベトナム戦に投入された。つまり アジアにおける殆どの戦闘に参加している部隊なのだ。1977年1月にF-4Dを受領して 18TFWの4つ目の戦術戦闘機中隊として運用がスタートした。
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Mig-21 1972/7/18
Mig-21 1972/7/29
18TFWには、トリプル・シックスが2機いたが、67-666もその1機 この機体後に 在韓米軍8TFWに移管され 1985年に事故で墜落している。
25TFSの”アッサム・ドラゴン”と言う名称は、WWUの時代から使われていたようで 中国戦線での活動の中で中国のシンボルである”Dragon"からとったものだそうだ。彼らがベトナム戦に参加したのは、1968年からであり 前年に徹底的にアジアでの戦闘に備えた訓練を受け 最初の20機のF-4Dは、1968年5月28日エグリン空軍基地からSACのKC-135の給油を受けながら ハワイ、グァムのアンダーセンAFB経由でタイのウドン空軍基地に赴き 精鋭 第8戦術戦闘機航空団(8TFW)の傘下に入った。。これにより ウドンの8TFWからは、555TFSが移動して去り 以下の4飛行隊の構成となった。(FAのテールレターに書き換える前は 尾翼に黄色いドラゴンを描いていたようだ。)

8TFW’s UNITS    (JUN. 1968)
  25TFS ”Assam Dragons" FA
 433TFS ”Satans Angels"  FG
 435TFS ”Eagels Squadron" FO
 497TFS ”Night Owls"   FP


25TFSは、この年の7月から10月までの間に 北ベトナム南部を中心に4ヶ月間に1000回以上の出撃を行い 主にSAMサイトやAAAなど対空陣地への攻撃を主任務とした。
1972/12/22
Mig-21
F-4D of Mig-Killer (66-0269)
右写真も 私にとっては貴重なものだった。ご覧の通り胴体下にAIM-7スパロー空対空ミサイルの実弾をつけて飛んだF-4D(ZZ-549)なのである。F-4戦闘機は元々AIM-7を胴体下に4発つけることが出来るように設計されていたが F-4Dは、電子戦での様々な装備を盛りだくさんに後付けした為 AIM-7の運用は2発が限度となってしまった。嘉手納のF-4DでAIM-7をつけて飛んでいるのを目撃することは、非常に稀であり この時も1回だけT/Gをしてくれたお陰で 急いで真下近くまで走って移動し このショットを物にしたのである。
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