The period of F-4C/D
The period of F-15C/D
第18戦術戦闘航空団(18TFW)は、1954年以来沖縄に駐留する日本に最も縁の深い航空団である。もちろん1972年の沖縄本土復帰までは、アメリカ統治下にあった為 我々が気軽に撮影に赴くことが出きるようになったのも復帰以降である。私は、厚木/横田で写真を撮るようになって諸先輩から聞く沖縄の話に 次第に憧れが強くなりどうしようもなく行きたくなった・・ここは米軍機を撮る上での正にパラダイスだったのだ。最盛期 F-4/RF-4の飛行隊が5個、KC-135/SR-71/MC-130など空軍機の宝庫であり P-3は常駐しているし海軍/海兵隊も部隊単位で演習に来る為 1週間で厚木/横田で撮れる1年分の撮影が 出来ると思われるぐらいだった。行きたくなったらまず準備!学生だったので 時間は何とかなるが 資金の方は簡単ではない。そこで バイトも稼ぎの良い肉体労働を選び 苦労して稼いだ資金で 1977年8月憧れてやまない嘉手納へと向かった。嘉手納は、本来6月の梅雨明けから7月下旬までが、風向きの関係で多くのタキシングがものに出来る為 ベストシーズンと言われていたが、この時期に資金を貯める必要があったため 8月となってしまった。憧れの沖縄は、まだ車は右側通行 初めての沖縄行は全日ホテルを那覇に取ってしまったため 毎日バスで嘉手納に向かうはめになった。各停のバスだとR58を通って嘉手納まで 約40分の道のりであった。初日 朝早く出掛けたつもりが 8時前には次々とR/W05にランディングしていく 18TFWのF-4をバスから見送ることになる。しかし さすがに5個飛行隊ともなれば フライトの数はすざましい、夕方まで 左右のR/Wに振り分けて降りるこれらの航空機に休む暇無しだったと記憶している。
 初回で味を占め 毎年稼いだバイト代はすべて嘉手納に行く為に使ったと言っても 過言ではないくらいのめり込んでしまった。そのぐらい当時の嘉手納には魅力があった。就職して沖縄に写真を撮りに行く機会もなくなったが、1999年に20年ぶりに嘉手納を訪れた時は、18FWのフライト数の少なさに当時との大きな落差を感じたものである。
ここでは、20年前に嘉手納の空を制していたF-4の時代と F-15に機種転換した以後の時代を分割し 18TFW(現FW)のそれぞれの機体を紹介していきたい。
18th TFW
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F-4C/Dファントムに代表される嘉手納の米空軍機と撮影場所のメインだった国道51号線を走る米軍車両の数々、いずれも嘉手納の代表的な風景であった。