25 FS
(TFS)
25FSは、ベトナム戦終了後 1975年12月に18TFWに編入され 嘉手納のF-4C/DのUNITの1つになった飛行隊であったが、18TFWがF-15C/Dに改編する際 唯一消えていった飛行隊である。しかし 1982年2月にA-10Aの部隊となって再び沖縄の地を訪れ 韓国駐留の51CWの傘下におさまった。それまでは 韓国で春に行われていた米韓合同演習チームスピリットに参加するため 遥々米本土から355TFW(DM)のA-10が沖縄経由で向かったり デモンストレーションのため横田基地に飛来のを一部のマニアが目にする程度だったが、A-10が日本国内のOHで 常連のように参加して身近になったのは、この時からである。25FS以外にも やはり韓国駐留の19TASSがOA-37Aの後継機としてOA-10A(基本的にA-10と同一)を使用したり 空軍組織の変遷にうとい私にとっては、良く訳がわからないまま”OS”→”SU”→”OS”とテールレターの変わるA-10を撮れる時に撮っていたのが実情だった。
横田基地OHでA-10Aが初めて展示されたのが、1982年であり OS(80-0247)は、ヨーロピアン1のスキーム迷彩を身に纏っての登場だった。上の写真のように他部隊のパイロット迄が珍しげに集まり A-10のクルーから機体の説明を受けていた。
Including OA-10A of 19TASS
25FS & 19TASS A-10's Crews
Wings
OS-247 (80-0247)
OS-971 (81-0971)
SU-969 (81-0969)
SU-969 (81-0969)
SU-243 (80-0243)
SU-970 (81-0970)
SU-253 (80-0253)
OS-177 (80-0177)
OS-241 (80-0241)
OS-652 (82-0652)
OS-243 (80-0243)
OS-239 (80-0239)
OS-245 (80-0245)
OS-247 (80-0247)
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