962AACS
1992年に3rd WGに5番目の飛行隊として編入された早期警戒飛行隊で 嘉手納の18th WGのE-3と並んでPACAFの目として戦術戦闘に大きく貢献している。当時 2機配備されたE-3は、B型とC型で”AK”のレターをつけたE-3B/Cは、沖縄嘉手納にもよく飛来している。尾翼のフィンチップにスコードロンカラーのグリーンのベルトを入れているのが特徴で 嘉手納E-3の赤いベルトと識別は容易につく。1995年9月に事故でE-3B 1機が失われている。
 冷戦時代 北極上空を超えて飛来するであろうICBMに対し ノーラッドの早期警戒レーダーネットワークがアラスカには多く設置され 本来E-3の機能もこれらの警戒システムと連動して運用されたはずだが アラスカにE-3B/Cが配備された時期には、冷戦は終結しており 現在は3rd WGの戦闘機郡やPACAFの作戦を支援する戦術的な運用が主流のはずである。  
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Wings
1995年9月22日 ここエルメンドルフで大きな悲劇があった。時間は朝方07:47 962AACS所属のE-3B(70354)が 通常の飛行訓練中 離陸後まもなくコントロールを失いクラッシュしたのである。乗員24名は全員殉職。このメモリアルは、”YUKLA 27”のコールサインであったこのアメリカおよびカナダのクルーに捧げる記念碑として 基地の中央に置かれている。