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この機体81-0728も 後にF-16A ADFに改造されて アメリカ本国の迎撃航空団を経て イタリア空軍 第18戦闘団で2011年頃まで活していたようだ
The Period of F-16A/B

1984年 三沢の航空祭に展示された8th TFWの司令官指定機である。シリアル不明

(F-16 Block15 80-0552) 
コックピット横の狼の絵柄が アニメッチクなのもに変わった。配備された当時のF-16A/Bは、空対空ミサイルとしてはサイドワインダーだけである。しかし F-16の発展計画として 多段階で能力向上を目指すMSIP計画により 徐々に中射程のAAMを装備するようになっていたので C/D型に更新されるのも時間の問題であったのだ。
 ちなみにこれらA型の多くが 後にADFに改装され 本国で迎撃任務に就いているが 左写真の80-0581は、ADFに改造された後 アメリカ本国での迎撃任務を終えてイタリア空軍に移管され 後に事故で海に落ちるという数奇な運命をたどっている。
(F-16A Block15A 80-0581)

1985年アメリカ本国で行われた”ガンスモーク1985”に団体で参加した時の派手な出で立ちである。コックピットの右手後方は、8th TFWのおおきなインシグニアをつけていた。参加したF-16の6個飛行隊の中で最も目立つマーキングであったが 8th TFWは、優勝を逃した。この時の最優秀飛行隊は、ヒル空軍基地のAFRS部隊 ダイヤモンドバックス419th TFSであった。

横田基地に飛来したF-16A(81-0727)初期に8thTFW 35thTFSに配備された機体で まだ配属されたばかりの為か インテークのインシグニアも貼っていない。左主翼下はパッケイジ・ポッドである。
Wings
B-1Bのページでお出ましいただいたカーター君がここでも再び登場することになるが、1981年までのカーター米大統領時代に韓国駐留の米軍の大幅な削減が行われ それを補う形で韓国に1981年9月F-16A/Bが配備された。何と海外に配備された最初のF-16戦闘機が、群山空軍基地(Kunsan AB)となったのも 米軍削減で北朝鮮とのバランスが崩れること憂う韓国政府に対する大きなプレゼントになった。35TFSと80TFSの2個飛行中隊をまかなう上で最大でも50機程度の配備規模であったが 何せ当時はぴかぴかの新鋭機だったので 北朝鮮とソ連にとってはプレッシャーになったはずである。
 群山空軍基地は、首都ソウルの南西約240kmに位置し 黄海に面した韓半島の西海岸線に沿って滑走路が造られている。この付近の海岸線は、セマングム干潟と呼ばれる長大な干潟が広がっている場所で 水鳥の楽園としても有名である。黄海沿岸地域は遠浅の海岸線を有する地形が多い 中国で言えば天津 唐山付近がそうであるが 遠浅と言うことは大きな船が近づけないと言うことで 港を作るうえでは向いていない。しかし 群山市付近のみは深度のある海岸線を有する天然の良港だったため 昔から貿易の中心となってきた。ソウルの南西にあるため主と防衛の要として 常に重視されてきた基地のひとつである。
(80-0552)
(F-16 Block-15E 81-0719)
(F-16 Block-15E 81-0736)
(F-16 Block-15E 81-0736)
こうして見ると1981年に韓国クンサン基地(Kunsan AB)にF-16A/Bが配属され 多くの機体が日本の航空祭などに展示されたが 尾翼のチップはほとんどのものが "青”つまり先に配備を開始した第36戦闘機中隊のものであることが分かる。マーキングについては、8TFWのインシグニアをエンジンの吸気口横につけていたり付けていなかったりとまちまちである。これら A型のF-16もそんなに長く使われずに C/D型に更新された。
韓国に配備されたF-16は、クロスカントリーで横田基地によく飛来し 日本の航空ファンを楽しましてくれた。当時も主だる航空祭には、米軍の最新鋭戦闘機として展示され 観衆の注目の的であった。当時の機体には、スコードロンマークは無く インテーク横に第8戦術戦闘航空団のインシグニアだけがカラーで入れられていたが この第8航空団は、1964年に横田に配備されたF-105D/Fサンダーチーフの部隊でもあった。当時もスコードロンの構成は、35TFS 80TFS、それと今はオーサンABにいる36TFSの3個飛行隊であった。
三沢基地のOHに展示された8TFWのコマンダー機、テールには、シリアルナンバーも無く ただ「8TFW」とだけ書き込んでいるさっぱりとしたマーキングだったが主脚カバーを見て驚いた。同年の横田基地OHにも展示された機体だったが、このように真横を撮ることが出来なかったので 三沢でデザインの詳細が判明した。プロのアニメーターが書いたものと思われるが コックピット横の精悍なイメージとは違いコミカルで面白い。狼と言うより黒毛の野犬といった感じだ。
8TFWのコマンダー機の主脚カバーに描かれた忍び寄る狼君のアート。このイラストも3年前(2003)に作っておいたものだが 漸く掲載できるタイミングが出来ました。(下写真の狼君を再現したもの)
日本が1910年に朝鮮を併合した歴史はご存知と通りであるが、明治維新以降の力をつけた日本政府が欧米列国に遅れまいと植民地として朝鮮を併合したことから 現在に至るまで日韓関係は、常に感情的に成りがちである。朝鮮を統治するため朝鮮総督府が設けられ 小さな漁村であった群山は、米を輸出する貿易港として 日本人によって鉄道など様々なインフラ整備が行われ発展していったのである。元々500人程度の漁村が、1万3000人を超える朝鮮の中核都市と成り 群山庁に昇格している。一時は地元朝鮮人より日本人の人口のほうが多い都市であった。(現在では30万の人口を有するようだ)
 群山基地は、重要貿易港である群山の防空を目的として日本軍により 1938年に建設された。当時は土地をならして芝を引いた程度の飛行場だったようだが 太平洋戦争後の1945年から徐々に米軍によって整備が始まった。朝鮮戦争勃発後 一時北朝鮮に占拠されたが 再び連合軍が奪回した後 本格的な滑走路整備が行われ 第3爆撃航空団のB-26の基地として使用されるようになった。 
(81-0729)
(81-0736)
Insignia of 8th TFW
(部隊のモットーは、ラテン語で”ATTAQUEZ ET CONQUEREZ” 攻撃と征服 なんとも勇ましい!
(F-16A Block-15E 81-0728)
(F-16A Block-15E 81-0727)
(F-16A Block15C  81-0685)
この機体81-0685も 後にF-16A ADFに改造されて アメリカ本国の迎撃航空団に配属替えとなった。
(81-0719)