E-8 Joint Stars
E-3が空域警戒と管制を行う機体であるのと比較し E-8は、地上の動きをなめるように観測する地上面警戒と監視を目的として専用に作られた機体である。この機体が 一躍有名になったのは、機体が開発された直後に勃発した湾岸戦争に間に合ったことだろう。B-707の中古機を改装したE-8Aは、早速サウジアラビアに派遣された。イラク地上軍の動きを刻一刻と捉えて地上軍へ報告し 地上戦突入以降も活躍をしている。なにせ 地上を移動中の車両が トラックなのか戦車なのか 自走砲なのかまで大方掌握できるというから 見方地上軍にとってはありがたい存在である。ジョイントとは、陸軍との研究開発で生まれた成果であることを強調したネーミングだそうで 胴体の下に付けられた巨大な合成開口レーダーは、かつて陸軍が使ったモホーク観測機の拡大版のようにも感じられる。
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Wings
95-0285は、1994年度予算でE-8のC型として最初から生産された1号機である。現在では、A型 B型もすべてC型仕様になっているはずで A型時代 10個しかなかった管制コンソールは、17個まで増えている。
2013年4月3日夕方 嘉手納R/W23に着陸するE-8C(99-0006)。それまでいたE-8C(00-2000)に代わって嘉手納に派遣されたE-8C最新バージョンBrock-20である。元ドイツ空軍が使っていたB-707-307Cからの改造である。
この機体が嘉手納に展開する時は、大抵 北朝鮮が何かで騒いでいるときであり 2010年11月23日もいきなり韓国西方沖の延坪島に100発近い砲弾を発射し 民間人2名を含む4人の死者が出る事件があった。E-8Cの飛来は、この事件と大きく関連があると想像され 北朝鮮の地上軍の動きを監視していた模様である。
2010年11月30日 嘉手納にて撮影したE-8C。この時 「ジョイントスターが降りてくるよ」との友人の声で ランウェイエンドまで転がって来ないことを心配した私は、道の駅から撮影ポイントまで移動して確実にものにするつもりであった。ところが 途中で車が信号で引っかかり 目的の場所に着いた時には、ジョイントスターは、もう 撮影予定地点を通過していた。何とか 証拠写真程度のものは撮れたが 肝心の合成開口レーダーは、真横のお姿か または、少し前方から捉えないと絵にならない。しかも この時 E-8Cは、エンドまでタキシーしており 動かず道の駅にいれば綺麗に撮れたのであった・・・トホホ
北部朝鮮のお坊ちゃま皇帝は、2代目の死後 亡き暴君に負けじと色々やってくれる。特に2012年後半から 2013年春までの間 次から次にカード切りまくって これ以上カードあるの?と言うくらい”脅し文句”を出しまくってしまった。世界の人々は、「またか・・・」ぐらい鈍感になってしまっているが いずれは2010年の延坪島事件ぐらいの火遊びには至るだろうから E-8も出番が多くて 嬉しい悲鳴である。
「アメリカ本国への核ミサイルの発射」というカードより 「朝鮮戦争の休戦協定の一方的破棄」というカードの方が現実味があって 再び何かやりかねないとの懸念から 北朝鮮の地上軍の動きをつぶさに観察する役目を負い 10時間以上のフライトを御苦労さんにもこなすE-8のクルーは大変である。騒いでも 周辺諸国から何も貰えなくなって久しい 北朝鮮地上軍兵士も飢餓に苦しみ戦争どころではないのであるが それしか手段がないところが哀れと言えば哀れである。しかし ”窮すれば鈍す”+”窮鼠猫をかむ”のコラボレーションで ろくな事をしでかねない朝鮮最後の?王朝国家の監視は、続けられる。
機首に鷲が翼を広げたようなノーズアートが・・・・
2014年4月10日 嘉手納基地R/W05Rightで離陸するE-8C、そう言えば離陸を見るのは、初めてだった。ボディーの明るいグレーは、誠にきれいである。GA-2000は、嘉手納の良く飛来していたが 撮影できたのは、今回が初めてであった。E-8C (00-2000)
E-8の飛来は、北朝鮮の監視が主なものと言われているが おぼっちゃま将軍3世が最近スカッドかノドンを初めて移動式発射機を使って半島西側から日本海に打ちこんだ事により この移動式発射装置の観測にも力を入れていると言われる。当然 固定式発射装置の場合もその周辺に出入りする車両が観測の対象になっている模様。このE-8C 00-2000は、C-137Cから改造された機体。
去年2014年から2015年に掛けて比較的長く嘉手納に駐留しているE-8C (96-0043)、2015年2月5日 撮影。