A-7D's Page

Part-2

4機、続いて2機と従来の機体下面を白く塗ったA-7Dが下りた後、訓練を終えて戻ってきたのが、機体下面まで迷彩塗装した当時としては、最新のマーキングであるA-7D、我々にとっては珍しい存在で新鮮な印象を受けたが、数年も経たぬうちにすべてこの手のマーキングに変更された。

70-0972
69-6202

D型発注の最終年度であった1975年会計年度で造られたA-7D 25機の内、15機が152th TFTSにあてがわれた為、75-0386〜75-0396の続き番号は、すべてツーソンに存在した。

A-7Dは、米空軍では「SLUF」と呼ばれていた。”短く小さく醜い野郎”の頭文字を取ったものだ。人によっては、最後の”F”を男性の一物に言い換える品の無い輩もいた(笑)。B-52の「BUFF」と同様あまり有難い呼び名ではないが、この小柄なBODYに 6つのパイロンを付け膨大な搭載量を誇り また当時の最新の火器管制装置を持ったA-7Dに対し 絶大な信頼を持つようになり 最初は、蔑称だったものが 尊敬と愛着に変わっていったといわれる。。
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75-0392

1970会計年度には注されたA-7Dは120機を超えており、主にマートルビーチAFB、デービスモンサンAFBの2大A-7D航空団に配備するために大量生産されたものである。これら航空団が、A-10Aに機種交換が始まると余剰のA-7Dは、ANGに広く移管されることになる。このA-7DもマートルビーチAFBからやってきた。

アリゾナ州のツーソンIAPをベースにし 州空軍は土日のフライトがメインであった為 民間機の離着陸の合間をぬってのフライトであった。1-2月でも暑いアリゾナの空で見かけた彼らも今は、F-16に機種転換して久しい。ディビスモンサンAFBとは、目と鼻の距離で訓練空域にも恵まれている。1970年代末期より流行のオーバーラル・カモフラージュに何機かは塗り替えられていた。
75-0396
70-1005

1969年会計年度の古い機体であるが、マートルビーチAFBに配属されたのち、152thTFTSに移動してきた機体。

69-6199
75-0393
75-0395
75-0408
71-0344
75-0394

ルークAFBを後にした我々は、アリゾナ州をさらに南に向かって進みA-10Aが配備されたばかりにデービスモンサン空軍基地を目指した。2月と言うのに焼き付けるような太陽が砂漠を灼熱の世界に換えている。延々と砂漠を走り続け ようやく辿り着いたアリゾナ州のツーソン。町に入るとそこは、観光客がいっぱい。ホテル隣接のプールは、北からやってきて、このツーソンを避寒地として生活を楽しむ人々の水着姿で溢れていた。長いドライブを終え、ツーソンに到着した我々はまず腹ごしらえである。手軽なファーストフードでとりあえず腹を満たしてから、未知の世界であるこの町と目指す基地のポジションを掌握しないといけない。7-11で地図を手に入れて行動する予定が、「地図はおいてません・・・」との事から 空港の位置を聞いてとりあえずツーソン空港付近を目指す事にした。ウェストバレンシアロードと言う空港に近い道路を行ったり来たりしているうちに 上空を4機のコルセアが編隊で通過した。飛行高度から見てどうも着陸前のオーバーヘッドパスのようだったので すぐにカメラを用意して着陸を撮ることにした。確か日曜日であったはずだが、彼らANGは、土日に仕事をするのである。ゆえにウェークエンド・ファイターと呼ばれていた。ビルとビルの間の空でA-7Dの着陸を撮影して ターミナルビルへ向かうことにした。(2004/6 記)

模擬爆弾を装着して ツーソンAPのランウェイに向かう2機のA-7Dであるが、オーバーラル・カモフラージュで 白いレターというのも珍しい。
75-0390

一通り着陸の撮影を得た我々は、着陸する機体が途切れた時間にターミナルへ移動してみる事にした。ツーソン空港ではターミナルから
タキシングする機体がしっかり撮れる場所があり、ここでも数機を撮影してデービスモンサンAFBを探すことにした。

152TFTS
アリゾナ州空軍(ANG)のA-7D

A-7Dの生産最終機(75-0409)の一つ手前75-0408号機、両機ともに152th TFTSに所属していた。

1971年度発注のA-7Dは、当初TACに配属され 後にANGに回された。この機体(71-0344)もお隣デービス・モンサンの部隊からの移管である。

152thTFTS所属のA-7D、塗装2例でオーバーラルカモフラージュ以降の色違いである。迷彩のパターンはほぼ同一ながら、タンの部分が薄いものと赤みが強い茶系色を使ったものが写真として記録されている。