A-7D's Page

Part-3

上の図は、1982年に施された航空団司令指定機の特別塗装。尾翼のチップは、傘下の3つの飛行中隊のスコードロンカラ―で塗られており この図では描かなかったが、後に蝙蝠のシルエットも一番上のライン左側に付け加えられた。蝙蝠は、同じアイオワの174thTFS”Bats”のマークである。

上の2つのマーキングは、1980年代中盤から80年代後半にかけて流行したヨーロピアンスキーム。いくつかパターンがあるようだが、ダークグリーンとダークグレーの2色迷彩に黒文字レターでは、曇り空では写真になりづらく マニア泣かせのマーキングであった。

1980年のアメリカ撮影旅行の終盤立ち寄ったネリス空軍基地で撮影できたのが、アイオア州空軍のA-7Dであった。この州には、2つの航空隊がA-7Dを使った時代があり この二つの航空隊は、後に仲良くF-16に機種更新している。アイオワ州のほぼ中央部に位置するデモイン市に本拠地を置く第132戦闘航空団第124戦闘機中隊(132ndTFW124thTFS)をご紹介したい。アイオア州は、大統領選挙の際 いつも注目を浴びる州であるが、州都デモイン市は選挙にとって極めて重要な町らしい。
 124thTFSは、1976年にF-100DスーパーセイバーからA-7Dに機種交換して 1990年にF-16Cに更新するまでの間 何と14年もA-7Dを使用した歴史があり A-7D初期のベトナム迷彩から後期のグレースキームまでほぼすべてのマーキングの変遷を体験している航空団と言える。私が撮影した頃のマーキングは、ほぼ全機がベトナム迷彩であったが 1980年には、すでに機体下面まで迷彩を施したオーバーラルカモフラージュが始まっていたので ページ下のマーキング例は、私の撮っていないオーバーラルカモフラージュタイプから 並べてみる事にする。アイオワ州のもう一つのA-7D部隊174thTFSは、イラストページでご紹介することにする。

A-7D時代最後のスキームが、これで全身をグレー二色で塗ったもの。1992年10月に日米共同訓練で日本に飛来した時のマーキングは正にこれだった。

1989年に確認されたグレースキームの変わり種、ダークグレーのところがダークブラウンとなっており イメージがガラリと変わったスタイルである。

ヘルメットをかぶった鷹が三つ又のトライデントを構えるデザインが、第124戦闘機中隊のインシグニアであり、A-7Dの胴体左側に描かれる事が多かった。ニックネームは、”Hawkeyes”.
F-16時代には、このインシグニアが一時書かれなくなったが、F-16Cを手放す最後の頃に 左胴体に記入された。尾翼にも描かれるようになった。下のイラストで分かるように どのようなマーキングに変更されても 尾翼のオレンジと赤のチェックのラインは変わらず 彼らのシンボルとして記入されてきた。

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アイオア州空軍には、もうひとつ174TFS(HA)があり、同じくA-7Dを使用していた。124TFSは、Des Moines MAPをベースとし 主にマートルビーチで余剰になったA-7Dを譲り受けて運用していた。1990年にF-16Cに転嫁し 2015年には、MQ-9 Reaperを使う無人居機部隊に転換
124TFS
70-1044
69-6244
72-0254
70-1026
69-6208
75-0397
75-0400