A-7D's Page
私は、A-7がA-4と共に最も好きな機体の1つなのだが、日本では米空軍のA-7Dに出会うチャンスは、極めて少なかった。1978年のチームスピリッツにイングランド空軍基地から23TFWのA-7Dが韓国に飛来した為 嘉手納で狙ったが撮影できなかった。ベトナム迷彩を身に纏ったA-7Dは、海軍のものとはまた違った魅力があったのだ。米空軍は海軍用にチャンスボート社がA-7Aを開発当初から 戦闘爆撃機の後継機として A-7に着目し海軍とほぼ同時期にA-7の採用を決めている。海軍のA型とは異なったロールスロイス社スペイエンジンを採用 初めてヘッドアップディスプレイを取り付け M61A1バルカン砲を装備するなど戦闘攻撃機として期待されたものだった。<このTF-41-A-1(ライセンス生産名)エンジンは、後に海軍のE型にも採用が決まった。>A-10が開発 配備が進むまで第一線で活躍したが、デビィスモンサンAFB、マートルビーチAFBの航空団にA-10が行き渡るようになった頃には、多くの州航空隊にF-100等の後継機として配備されるようになった。
124TFS
アイオア州空軍(ANG)のA-7D
70-1044
69-6244
72-0254
70-1026
69-6208
75-0397
75-0400
152TFTS
アリゾナ州空軍(ANG)のA-7D
69-6199
71-0344
70-1005
69-6202
75-0396
70-0972
アイオア州空軍には、もうひとつ174TFS(HA)があり、同じくA-7Dを使用していた。124TFSは、Des Moines MAPをベースとし 主にマートルビーチで余剰になったA-7Dを譲り受けて運用していた。現在はF-16C/Dを使用している。
アリゾナ州のツーソンIAPをベースにし 州空軍は土日のフライトがメインであった為 民間機の離着陸の合間をぬってのフライトであった。1-2月でも暑いアリゾナの空で見かけた彼らも今は、F-16に機種転換して久しい。ディビスモンサンAFBとは、目と鼻の距離で訓練空域にも恵まれている。1970年代末期より流行のオーバーラル・カモフラージュに何機かは塗り替えられていた。
A-7Dは、米空軍では「SLUF」と呼ばれていたらしい。”短く小さく醜い野郎”の頭文字を取ったものだ。B-52の「BUFF」と同様あまり有難い呼び名ではないが、この小柄なBODYに 6つのパイロンを付け膨大な搭載量を誇り また当時の最新の火器管制装置を持ったA-7Dに対し 信頼と愛着を込めたものであったのかもしれない。
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188TFS 150TFG
ニューメキシコ州空軍のA-7D、この部隊は カートランドAFBをベースにしていた。尾翼には道走り鳥が書かれている。現在はF-16に機首交換された。
模擬爆弾を装着して ツーソンAPのランウェイに向かう2機のA-7Dであるが、オーバーラル・カモフラージュで 白いレターというのも珍しい。
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