C-130 Hercles
C-130の試作機YC-130が初飛行したのが 1954年と言うからもう半世紀以上が経過しているわけである。しかし アメリカと言う国は、物もちのいい国である。一つの機体を開発して それが使い易いとなれば改良を加えながら長年使っていく B-52 C-135 T-38などもそのいい例である。この点は一度購入したら改造もせずに 予算に任せて(予算確保の為)次から次に新規購入を繰り返す自衛隊は 見習うべきであろう。しかし このC-130と言う機体 よほど使いでのいい輸送機と見えて 空軍だけでなく 海軍 海兵隊も多用してきた。30メートル弱の胴体であるが 燃料タンクを翼にぶら下げれば7800キロ以上の航続距離を持ち 着陸は僅か840mで機体をとめることが出来る、小さな島の1000メートル滑走路にも降りれる便利さ 現在の発展計画を見ればまだまださらに数十年は使い続けると思える。
 さて C-130は、私がヨチヨチ歩きしている頃から 大空を飛び回り多くの戦場を駆け回ってきたのだが 日本に常駐部隊が配備されたのは 私が写真を始めた頃に近い時期である。
1975年の横田基地公開で エプロンに並ぶ第345戦術輸送中隊のC-130E。尾翼は当時所属していた航空輸送軍団”MAC”のライン
立川基地が返還された後は、横田基地が輸送部隊の主力ベースとなったが 1975年ベトナムのダナンから 第374戦術空輸団所属 第345戦術空輸中隊の18機のC-130Eが横田に配備されたのが C-130が本格的に配備された最初である。この時 第374戦術空輸団の本部は フィリピンのクラーク空軍基地にあり 第345戦術空輸中隊のみ横田に移動となった。
なにせ私にとって.初めての横田基地オープン、何が展示されているのか楽しみだったが C-39 C-141など輸送機が数機展示と F-86のブルーインパルスが飛んだぐらいの淋しい内容だった。エピロンをどんどん列線のほうに歩いていっても 誰も声を掛けなかったので C-130Eのいる奥まで足を運んで撮ったものである。1976年は、コダックのネガカラーを使っていたが 今でもこのようにフィルムから再現が出来る。( YOKOTA AB in Aug,1975)
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(62-1855)
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横田基地を離陸の為 滑走するC-130E、1976年当時は、私も写真を撮り始めて間もない時期で 見る物全てが新鮮だった為 ベテランマニアが見向きのしなかったC-130E、C-141などしっかりと撮っていた。374thTAWのインシグニア MACのカラーライン 胴体後部のMACのインシグニアなど その後すぐ来るロービジビリティの波の前で しっかりとファインダーに収めておいたのは正解だった。この62-1855は、C-130Eの初期ロットで最近まで 1stSOSで使われていた機体。 1
横田の374thTAWの機体の中には、上記のような塗装の境を細かい波板状に塗られた機体が数機いたが 63年以降発注ロットの中でよくみられたマーキング形式 翼下面まで上面の迷彩色が波板状に張り出し 増装タンクも同様である。少しグロテスクな印象を与える塗装であった。C-130は、空軍の輸送システムで統一した規格パレットを使える最初の機体で 643Lパレット6枚を同時に収容できる能力がある。
(63-7859)
入間基地でのオーペンハウスの展示を終え 横田基地に帰還するC-130E、バックには航空自衛隊のC-1輸送機が(まだ旧塗装であった)駐機している。当時 私は自衛隊がC-130Hを購入するなど予想もしていなかったが C-130の長大な航続力は、やはりショートレンジの輸送機しか持たなかった航空自衛隊にとって魅力だったのである。C-1とC-130Hでは、機体全長はほぼ29mと変わらないものの 航続距離でおよそ3倍 ペイロードで2倍の能力差があった。
(64-0503)
345TASは、1945年5月10日テネシー州メンフィスで編成され 予備役として当時 516thTCG(兵員輸送団)の傘下にあった。1949年4月に予備役部隊から 現役の輸送部隊に編入され朝鮮戦争に参加、当時はC-46とC-119を使用していたそうだ。1961年にC-123からC-130に機種交換し PACAFの315thADの傘下に入り 同年7月から沖縄に駐留していた。その後 一時ダイエス空軍基地に移動したが 1965年12月に再び沖縄に戻り 314thTCWの傘下に入った。1966年から分遣隊が先行して 台湾のCCKに移動 その後本隊も台湾に移動して 東南アジア方面の輸送任務に従事 1973年12月までは台湾に駐留していた。1975年3月にMACの傘下に輸送部隊が統合され フィリピンのクラークから1975年8月16日に横田基地に移動となっている。 傘下(
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