T-39
Sabreliner
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Wings
1958年初飛行というから私より少し若いが、ノースアメリカン社がビジネスジェットとして作ったものを米軍が汎用機として採用したもの。とても使い勝手が良かったのか 空軍だけでなく海軍、海兵隊も連絡、輸送、飛行訓練その他でこの機体を長く使った。
 横田に初めて行ったときに見た機体がこれだった・・・その後 行くたびに飛ぶので見向きもしなくなってしまったが 横田の地元航空マニアもほとんど撮らないかわいそうな存在だった。私が最初に見たときはPACAFのマークを尾翼に入れていたので 太平洋航空軍団所属のものだったが 以前は、各部隊ごとの所有だったそうだ。
なんて事はない写真なのだが 1976年私が初めて横田基地を訪れた時に撮った時のものなので 記念に貼り付けます。翼と尾翼部分が F-86セイバー戦闘機の構造をそのまま流用しているので セイバーライナーというらしい。T-39(61-0672)
1976年の横田航空祭の時 格納庫にあったCT-39A(62-4485)、コックピット下に 建国200周年のマークを入れていて 私がそれまで撮っていなかった機首の鼻が白いので なんとなく嬉しかった記憶がある。T-39シリーズは、140機以上が作られて 空軍海軍その他で利用され 1999年全機退役。
同日横田で展示されたT-39の2種。左は、輸送目的に使われたCT-39A。右は、飛行点検でAFCS(Air Force Communications Service))が使用していた機体T-39A(62-4476)は、尾翼に帯で”AFCS”と入っている。
予断となるが AFCSは、空軍通信軍団(AFCC)の傘下に作られたが、現在はAFNICに変わり空軍のネットワーク・インテグレードを担当している部署となり イリノイ州スコット空軍基地に本署を移したらしい。
CT-39Aは、航続距離4400Km 最高速度時速800q以上だったので まさにちょっと昔の戦闘機のように
軽快で 輸送にも十分な力を発揮できたはずだ。胴体下のスピードブレーキが大きい。
1977年の横田航空祭に展示されたCT-39A(62-4485)、1976年格納庫でみた際の塗装から 鼻黒の通常よく見るマーキングに変更され バイセンマークも消えていた。
CT-39A(60-3490)
T-39A(61-0672)
CT-39A(61-0664)
CT-39A(62-4484)
CT-39A(61-0673)
CT-39A(61-06??)
1978年の三沢航空祭に展示されたCT-39(62-4485)、76年77年78年と航空祭で縁のあった機体である。
1980年アリゾナ州ルークで撮影したT-39A(尾翼が切れて機体番号不詳)なれど 機首に何やら書き込まれた珍しいものだったので 1枚撮ることに。
61-0673は、1960年代は、フィリピンクラークの基地の第13空軍に所属していた機体だそうである。