Elmendolf AFB
エルメンドルフ空軍基地なんて アラスカなんて辺境にある訪問する機会もない飛行場と思っていたが PACAFの主要基地に変貌してからは 一転して一度は覗いて見たい基地のひとつになっていた。しかし 友人で行った事のある人はおらず またどんな場所かの情報もほとんど無い・・・Google Earthの写真を見るとアンカレッジの町からすぐ北に位置して 車を使えばすぐに足を伸ばせる距離にあることが分かるが アンカレッジそのものへ行く航空便もやたら少ないときている。冷戦時は、ヨーロッパ旅行と言えば”アンカレッジ経由○○行き”なんて普通だったのだが 民間航路がロシア上空を通過できるようになったのと 航空機が大型化して以前に比べ長距離を飛行できるようになったため アンカレッジで給油する必要も無くなった。と言うことで いよいよアンカレッジは、アメリカのローカル空港になってしまったのだ。だいたい日本の4倍もの面積のアラスカに島根県の人口に匹敵する67万人しか住んでいないのである。観光以外にはこれと言った産業も無いと思いきや 最近では石油の採掘が好調でアメリカ一豊かな州であるらしいが やはり航空マニアにとっては辺境の地と言わざるを得ない。2006/8ここを訪れてみた。

エルメンドルフ空軍基地(Elmenndolf AFB)は、アンカレッジの小さな町からフリーウェイで北に30分ほどの場所に位置しているが アンカレッジ周辺を走るフリーウェイはこの一本だけなので 非常に分かりやすい。基地のゲートからエプロンまではとても歩いていける距離ではない。なにせ 13200エーカーの面積とされているので嘉手納基地よりかなり広く 三沢基地の約3倍の広さである。
No.2 Gate of elmendolf AFB
Headquaters of 3rd WING
Control Tower
アラスカのエルメンドルフの航空団と言えば ”FC"のテールレターを付けたF-4Eファントムが 記憶にある。1980年当時は、AAC(Alaska Air Comand)の傘下に 第21混成航空団(21CW)があり その下の343TFGにF-4Eの飛行隊が2飛行隊所属していた。一つが43TFS、もう一つが18TFS(現在は、Eielson AFBでF-16Cを使用)であった。後にこれらのF-4Eは、尾翼のラダーを青く染めて 白熊を描き 横田、嘉手納にも飛来しているが マニアにとっては超貴重な来客だったはずだ。下2機のイラストは、1980年当時のF-4Eのマーキングで 43TFS、18TFSの順で並べたもの。ラダーの色は、43TFSがゴールド、18TFSがグレーであったが 43TFSは、同じベトナム迷彩でも後期のパターンを使用していた。
エルメンドルフ空軍基地の歴史は、1940年8月に陸軍航空部隊の配備から始まるようである。この時期は丁度日本との緊張が高まっている時であり アリューシャン方面から日本軍が北上していくのに対抗して航空部隊が置かれるようになった。この年の12月にアリューシャン列島を経由しながら 日本海軍の機動部隊はハワイを攻撃したが アッツ島 キスカなどにも勢力を拡大している。1942年2月に陸軍第11空軍(現在の11AF)がエルメンドルフに創設され アリューシャン列島方面の作戦に参加している。1943年アッツ島で玉砕を余儀なくされた日本軍守備隊もこの部隊の第54戦闘飛行隊(P-40〜P-38)やB-25攻撃を受けている。ただし アリューシャン方面の作戦で11空軍がこうむった損害も大きく 32機の航空機と200人を超える戦死 事故死者の数は他の作戦と比べ高い損害率であったと記録されている。
 戦後は、ソビエトとの緊張が高まり アラスカ防衛の拠点として中心的な役割を演じてきた。アラスカは、ロシアと唯一国境を接している地域であり 弾道ミサイルの早期警戒システムも充分な配置が行われ アラスカ防空軍団の設立とあいまって11AFは、F-80戦闘機を手始めに機種を更新し 1970年までは防空戦闘機F-102デルタダガーを運用していた。1970年にF-4Eに更新して12年ほど 第21混成航空団のもと2飛行隊が運用されていたが 1982年にF-15Aが 43TFSに配備された。後に43TFSは、バージニア州ラングレーの1TFWからF-15Cを取得して 機種のグレードアップをはかっている。1986年にはE-3を運用する第962早期警戒飛行隊が配置され 翌1987年に2つ目のF-15C飛行隊 54TFSが追加されている。1989年7月にアラスカ航空軍団は解散し エルメンドルフはPACAF傘下の基地に変更となった。その後、1991年12月 フィリピンクラーク空軍基地の閉鎖に伴い 第3戦闘航空団(3rd WG)がエルメンドルフに移動 F-15Eストライクイーグルが配備されて注目された。



1991年時の第3航空団の戦闘機部隊

 第90戦闘飛行隊(90th FS) F-15E ”AK"
 第43戦闘飛行隊(43th FS) F-15C ”AK"
 第54戦闘飛行隊(54th FS) F-15C ”AK"

 
この中で2006年時点で現在もエルメンドルフにいる飛行隊は 第90戦闘飛行隊のみである。
右のインシグニア.は、54th FSのもので アンカレッジ空港の脇にある寂れた小さな航空博物館「アラスカ航空博物館」に立ち寄った際 中に展示されていたものを参考に作った。第54戦闘飛行隊(54th FS)は、1940年代は カーチスP-40の機種に”アリューシャン・タイガー”の頭を大書きしたマーキングの有名な飛行隊で 以前はレベル製の1/32のモデルでも箱絵になっていた。P-40の後はP-38などを使用していたが、F-15Cの部隊で最近までエルメンドルフに所属していた。嘉手納の18th WGのF-15部隊3個飛行隊の内12thFSが解散した後 この54thFSに入れ替わってエルメンドルフで復活したため 54thFSは、今はこの基地に存在しない。部隊名は”豹”大戦中の虎からいつ変わったのか?・・・
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