F-105を撮影して よく失敗したのは 燃タンのフィンが、尾翼のレターにかかって機体ナンバーが読めない写真が多いことだ。少し送り気味でシャッターを押さないとその様に成りがちだった。また この149FTSだけは、左側面が撮れないと価値が半減してしまう。左翼付け根の下にパーソナルマーキングが書かれているためである。上右から2番目の59-1822に書かれているのが、添付したイラストの”SUPERHOG"である。Parsonal Marking の殆どは、192TFGのクルーチーフだった Bailey軍曹の手によるもの。
F-105D / 59-1371
F-105D / 59-1822
F-105D / 59-1771
F-105D / 61-0167
F-105D / 62-4344
F-105D / 59-1739
F-105D (59-1822)の
Personal-Marking
F-105D of 149TFS in Nellis AFB
F-105D & F-105F Landing in Nellis AFB
文献によると 当時149TFSは、23機のF-105D/Fを所有し 操縦技術に優れた23人のパイロットにそれぞれ固有の機体をあてがっていたそうだ。たまたま 部隊内に絵心の有る人がいて(本職がペンキ屋だった) それぞれの機体にパーソナルマーキングを書き 愛車精神ならぬ 愛機精神の高揚に努めたらしい。これは、正に航空マニアにとっても格好のターゲットとなり 多くのマニアが憧れ, Virginia ANGのF-105は書籍でも良くとり上げられた。
149TFS  Virginia ANG
F-105's Page
- 2
Wings
F-5のページでも書いたが ソルトレークからルート15を南南西に降りて ラスベガスに入る途中にネリス空軍基地がある。但し ネリス空軍基地に隣接する道路は、ルート15とほぼ並行に南に走る604号線である。その時 何故604号を使ったかは、記憶にないが 我々とネリスの出会いは、この道から見えたネリスのランウェイがきっかけであった。
上写真の情景を見て マニアなら”絶対に撮れる場所”との確信が持てるはずだ 現在は、規制が厳しくなって写真左手の敷地への立ち入りは、できないそうであるが 南寄りの風が吹けば素晴らしい条件で当時は撮影が可能であった。ちょうど レッドフラッグに参加している別のF-105Dの部隊がいたので ヒルで不完全燃焼であったサンダーチーフのフライトをたっぷり見ることができた。
465TFS  Tinker AFB、 AFRES
オクラホマ州ティンカー空軍基地と言えは、E-3の本拠地として有名であるが ここにもF-105Dが予備役戦闘機部隊として存在していた。465th TFSは、1972年から1980年までの間 約8年もF-105Dを使っていたのだ。しかし F-105の部隊の中では、ニュージャジー州空軍の108thTFS(F-105B)とともにあまり注目されず 地味な存在であったように思える。しかし 465th FSは、沖縄戦に参加した部隊で 1946年には、読谷にも駐留していたので 日本とも縁のある飛行隊なのだ。この頃は、P-47やブラック・ウィドー等を使用していた。
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この飛行隊は、2014年現在 給油機の部隊となって 465th ARSと部隊名を変えている。