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F/A-22 Raptor
Wings
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マニア諸氏からの話では、前回2007年に訓練で嘉手納を訪れたF-22は、非常に稼働率が高く よくフライトを消化していたが 2009年は、飛ぶ機体が少なく稼働率が悪いように思えるとの事、12機の内 3月11日12日の両日に飛んだのは7機 毎回同一の機体ばかりがフライとした。F-22は、シェルターに大事に仕舞われているのかと思いきや エプロンに野ざらし日曝し状態で 駐機していた。その為 こちらから動きが掌握できて 写真を撮る上ではありがたかったが 決して特別扱いされているわけではなかったようだ。駐機中 ベクターノズルを上下にぱっくり開けた状態で置いてあったのも 興味深い、このノズルの中に機密があり 撮影も制限されていると専門誌には書いてあったが 大雨の日も開けっ放しであった。
私も含めマニアなら抑えておきたい真横系の写真 少し送り気味で撮らないと尾翼の機番が読めないのです。何せ翼はF-15より面積が40%も広く 三角形であるから・・・
当初F-15C/Dイーグルの後継機として開発されたF-22は、生産予定数も750機を計画されていた。これがそのまま計画通り進めば 嘉手納の18th WGもF-22の2個飛行隊が配備され 今回のようにわざわざバージニア州のラングレー空軍基地から飛来して極東での訓練をすることも無かっただろう。アフターバーナーに頼ることなく巡航で マッハ1.72のスピードを誇るF-22は、主翼 尾翼にも多く熱に強いチタニウムが使われており その他の複合材料との組み合わせがコストを上昇させた。1993年には、一気に生産予定数が半減近い442機まで減り さらに現在では180機近くまで減ってしまった。これは、当初F/A-22として対地攻撃にも使える戦闘爆撃機を目指したこの機体が、開発の途中でステルス性を生かしての攻撃能力には限界が判明したことに関係がある。 純粋な制空戦闘においては圧倒的な力を発揮できても 多用途機としては物足りない能力であることが F-22の高い生産コストとの絡みで 米空軍に追加発注を躊躇させる原因となった。米空軍と言えど 嘗てのF-102やF-106のような迎撃専用機を多数保有するほど 余裕がなくなってきている。F-15EやF-16C/Dのような敵地進行攻撃能力が無いと多くの機数を揃えても 使う機会が少ないのだ。
F-117のように極端に直線だけで構成されていた不自然な外形に比べ F-22Aは、曲がりなりにも超音速戦闘機らしい流線型である。翼には夫々2つの兵装ラックが付けられるが 通常の作戦行動では何も付けないのが原則、したがって横から見た姿もさっぱりしすぎて迫力が無い。F-15やF-16のように ミサイルを翼下に満載した姿の方が 戦闘機らしいと言えば戦闘機らしい。しかし こんな丸腰のようでもこのぶっとい胴体に8発ものミサイルを抱えているのだ。AMRAAM 6発、AIM-9M2発を胴体に内蔵しているのだから F-16が翼にミサイル満載状態と同じなのである。
F-22のエンジンは、プラット&ホイットニー製のF-119-PW-100という新しいエンジンで なんとF-15のエンジンの1.5倍の推力を持つ F-15が翼下に燃料タンクやミサイルなどの外装をたんまりぶら下げて飛行しなければいけないことを考えれば その空気抵抗だけでも相当なハンデがある。その上 推力で1.5倍の力を持ちながら ほとんど機外に何もつけず作戦行動の取れるF-22は、巡航スピードが常にマッハを超えると言っても納得できるはずだ。嘉手納で聞いたF-22のエンジン音は、明らかにF-15のものとは異なるキーンといった音程の高いものだった。音の違いは、エンジン性能だけでなく ベクターノズルの形状の違いにも関係ありそうだ。
サイドウェポンベイに搭載されるミサイルは、AIM-9Mで 最新のAIM-9Xは、この型には搭載できない。今後 新しいブロックになってから搭載予定。
2009年8月 横田基地に展示された2機のF-22、日本国内で沖縄を除き最初に一般展示されたため 大いに注目された。機首の形状は、見れば見るほど鳥の口ばしを連想する、最初に猛禽とつけた人の気持ちが判ると言うものだ。海外では、サイドウェポンベイを開けて展示される場合もあるが さすがに日本では 許されなかったようである。中国人マニアも日本人に混ざって横田には来ているようで 某国のサイトにすぐ写真が掲載されていた。何せ この機体 某国でも憧れを持って見られており また最大の脅威のような扱われ方である。
左から”KIDD””ELMO””MATCH”の3ガキ大将、子供のように若いパイロットで TACネームもそれらしい・・3人とも94thFSハットインザリングの所属。一番右のおじさんパイロット”WHIP”君だけは、バージニア州空軍149th FSの所属であった。
この機体は、エンジンカバーから 94thFSの所属と推定される。2006年に第1戦闘航空団の2個目のラプター飛行隊として F-22を受領している。1917年に創設されたアメリカ空軍の飛行隊の中でも歴史のある部隊で 20世紀中にで14名のエースパイロットを生み出した。大戦後では、キューバ危機やEC-121が北朝鮮に撃墜された事件などで 大きい事件の度に威嚇や哨戒のために出動している。
飛行前点検時取り外す箇所を示すタグは、少なく、機首両サイドの小さなピトー管カバーとその下にあるフライトデータをと取るセンサー部分の金具だけである。ほとんどが 機体の内部および表面に突起が無いように収納されているため こうしたタグも少ないようだ。
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