F-5E's   Page
1980年3月マウンテン・ホーム空軍基地の訪問を終えた我々は、次の目的地であったオレゴン州空軍のベース、ポートランドを目指すことになっていた。さて ルートを北回りにするか、ネバダまで南下していくか考えた末、暖かいネバダルートを通ることにした。ポートランドでは、初めて見る州空軍のRF-101が待っていた。
 アイダホ州からネバダに入ると、赤い大地の砂漠が続く 延々とアクセルを踏み続ける。たまに出会う対向車に 手を振りたくなるほど孤独なドライブである。地図上ラスヴェガスがもう直ぐのところである。「あった。あの砂漠に霞むビル群が、ラスベガスに違いない!」 ここを通過したら 今度は北上だ。・・と 道路は、大きな基地のランウェイの横に差し掛かった。
翌日、朝から爆音にたたき起こされる。すごい数だ、聞こえただけでも50機以上上がったのではないか。興奮でアドレナリンが身体から大量に出でいること感じながら ポイントに急ぐ「うそ〜 風が逆じゃん!」(R/W03)と言うと もう第1陣が帰ってきた。F-5Eである。そのランディングの凄いこと「あぁ〜 あんな降り方じゃ 翼をランウェイに擦る!」なんと ブレークして着地ギリギリまで機体を45度ぐらい傾けて 着地寸前で立て直しである。最初はヒヤッとしたが、どの機体も技を競うようにその様なランディングを繰り返している。次第に驚きがパイロットに対する敬服に変わった。さすが 米空軍の選りすぐりのメンバーたちである。彼ら57FWWのパイロットは、Red Flag演習でソ連のMig-21を演じ 各飛行隊の練成に一役買っている”つわもの”達なのだ。
 Nellis AFBでは、Red Flagの真っ最中で 我々は1泊の予定を4泊に変更、ポートランドの州空軍PAOにキャンセルを入れることになった。だがこの判断は正しく この後の4日間は、嘉手納を凌ぐ忙しい撮影の日々が続いた。(2002/9/9 記)
あれ?地図上”Nellis AFB”となっているが、一般道にこんなに近い位置にあるの? よく見ると駐機上にイギリス海軍のバッカニアが置いてあるではないか。それまで 雑誌でもネリスが”外撮り”できるなんて書いてなかったし 厚木/横田の海外経験の豊富な先輩も「ネリスは砂漠の中で 近寄れないらしいよ」と言っていたので 計画にも入れてなかった。でも これなら充分”外撮り”できそうじゃない!今夜はこの辺に1泊しよう。・・と言う訳で正門から少し離れた所に宿(汚いモーテルだった)をとった。そのモーテルのおばちゃん、我々が日本から来たと知るや ニヤニヤしながら「あんたがた日本人かね、ラスベガスは、え〜所やで ストリップ見るならここや。カジノはなぁ〜・・・・」 おい!日本人をなめとんのか・・と思いつつも親切にラスベガスを紹介する初老の白人のおばちゃんの説明を一通り聞いた。荷物を部屋に置き さて明日の偵察だ!車で一通り基地のポイントを見て回り これは撮れる!っと確信した我々は意気揚揚と引き上げた。
F-15A and F-5E came back to the Nellis AFB (Ranway - 03)
Nellis AFB Main Gate in 1980
思い起こせば スライド・フィルムなどと言う物を使い始めたのは、初めてアメリカへの撮影遠征をした時からである。それまで 節約の為 白黒フィルムさえ 100ftの長巻フィルムを買って自分でパトローネにつめていた。(今でも 白黒Filmはそうしている。)
アメリカ遠征でも主力は、白黒だったがネリスのように思わず多数の機体を撮影できた時は 夜、慌ててK-MartまでKR-64を買いに行って不足分を補充した。そんな事からスライドの世界に漸く足を踏み入れたのだ。しかし 57FWWのF-5Eも様々な迷彩パターンがあったにもかかわらず カラーで撮っているのは、わずかであった。今は、多少の余裕が持てるようになったのと 時間が逆に無くなった為 95%は、スライドになったが、当時の貧乏学生にとってKRは、贅沢中の贅沢品だったのだ。
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F-5Eは、世界30カ国以上で使われた国際戦闘機F-5Aの後継機として開発されたことは衆知のことであるが、A型に比べずいぶんスマートになり 一見一廻り大きく感じたが、機体部品の75%は、共通でありA型を採用した各国にとっては運用経費の面でも楽であった。米空軍では、F-5Eを諸外国の教官養成の為 アリゾナ州ウィリアムズ空軍基地にF-5E/Fを配備し訓練を行っていた。しかし 米空軍にとって本機はアグレッサ−訓練などあくまで訓練のツールでしかなく 第一線の戦闘機部隊に配備されることはANGも含め1度もなかった。しかし 主役を演じることが無くとも 名脇役として”オスカー”を受賞できるぐらい活躍した機体であることは断言したい。
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