1978年下期の嘉手納には、この69-5787以外68-8286も確認されている。我々航空機マニアは、北風の時期大抵は、R/W03の国道沿いで軍用機のランディングを狙っていたが、HH-53の飛行コースは、戦闘機類の飛行コースとは異なることが多い為 たまにしかシャッターチャンスには恵まれなかった。1977年8月 1978年3月ともに撮影したが ろくな写真は残っていない。

1978年3月 嘉手納基地の曇り空を飛ぶHH-53C スーパージョリージャイアンツ。天気のせいにだけはできない、自分の写真の腕も悪かったのだが、実に撮りにくい被写体だった。機首に「5787」と書かれており 33rd ARRSのHH-53C 69-5787と思われる機体。

HOME

HH-53は、コンバットレスキュー用に開発された専用ヘリである。かなり大型のヘリであるが、海兵隊でよく目にするCH-53D スタリオンの親戚筋なのだ。 重武装で身を固め、国境を超えて長距離を移動、捜索救助活動ができるようペイロードも航続距離も大幅に伸ばした救難ヘリがほしい言う空軍の要求を満たした機体だ。以前は、世界の警察官を自負していた米軍ならではの装備と言えるかもしれない。シコルスキー製のヘリであるので なんとなく海上自衛隊が使っていたHSS-2(SH-3 シーキング)に似ているが このヘリの発展系列と考えてよい。CH-53は、キングスタリオンまで成長を続けているが 大きく強くなろうとするこのヘリの発展の経緯は、アロザウルスの全盛期にはまだまだ小さい肉食恐竜だったティラノザウルス(T-Lex)が、暴君竜と言われるほど地上最強の肉食恐竜に変化した進化の過程を見ているようで 面白い。このページでは、ロシアから亡命してアメリカでヘリコプターの一大メーカーになったシコルスキー・エアクラフト社のHH-53について 沖縄で撮影できたわずかの写真でご紹介したい。

1978年10月に確認できた最後の1機が、HH-53C/68-10358で 同じく33rd ARRSの所属。尾翼には、黄色枠に黒帯に「RESCUE」の文字、この機体には、付いていないがMACの所属である。

33rd ARRS所属のHH-53C 98-10357、3色の所謂ベトナム迷彩を身にまとって 敵地に運悪くパラシュート降下したパイロットの救出にも危険を冒して来てくれる頼りになる存在だった。そのため 「偉大なる緑の巨人」として 食品会社ジョリーン・グリーン社のイメージキャラクターがこの機体のイメージと合致して この名前になったと聞いている。胴体のマークは、MACのインシグニア。

1978年9月の嘉手納行で漸くHH-53Cの姿をまともに捉える事が出来た。私にとっては、多少のリベンジ感があったが 好きなヘリだけにもっと時間をかけて追いたかった。しかし 嘉手納と言う基地 当時一機種に的を絞って狙ったりすると 外来の大物を逃すという危険性がありどうしても冒険しづらい基地だった。HH-53C 68-10363 33rd ARRS

Wings