RC-135
”敵を知り己を知れば百戦危うからず”孫子の兵法にある戦の原則、昔から互いに敵と意識し始めたら 必ず相手の状況を確認するためにあらゆる手段を用いて偵察や内偵を行うのが常道であった。空軍の偵察手段と言えば写真撮影からスタートしたが 今や眼に見えない電波を収集する電子偵察の方が重要視されている、特にレーダーの発展と冷戦時ミサイル戦略の拡大に伴い お互いにICBMなどのミサイルの状況をより正確に掴む事が 相手に先んじる重要な要素となった。発射された大陸間弾道ミサイルや衛星打ち上げ用のロケットは、ロケット本体を誘導する電波や基地局からモニタリングするための何らかの電波交信が行われる、これらの電波とロケット本体の軌道などを計算することにより 誘導電波の解析やミサイルの性能を分析することができる。RC-135電子偵察機は、様々な方が存在するが こうした謎めいた役割を負って世界中を駆け巡る特殊な軍用機だけに マニアの注目度も高い。 
2008年12月に嘉手納に飛来していたRC-135S、通称コブラボールと呼ばれる機体で ミサイル関連の情報収集には必ず使われるタイプである。右エンジンナセルが黒いのは、光学センサーを活用する際 余計な紫外線やセンシングに邪魔な光の乱反射を減らすためと言われており 右主翼上面は真っ黒に塗られている。
2009年3月に嘉手納で撮影したもう1機のRC-135S、この時は、北朝鮮の将軍様がミサイル撃つぞう!と準備を始めていたことにより 嘉手納には2機のRC-135Sと1機のRC-135Uが派遣されていた。東アジアは、中国の台湾威嚇や火遊びが好きな将軍様のお陰で RC-135Sの活躍の場が多い。この機体は、北朝鮮が発射を進めていたテポドン2号に対し ヒラリークリントン国務長官の2月16日来日を前に嘉手納に配備されていたもので 北朝鮮への牽制の意味もあったと言われる。尚 3機のRC-135Sは、第55航空団の第45偵察機中隊に所属していると思われる。
RC-135S
ネブラスカ州オファット空軍基地第55航空団所属の機体で C-135Bから改造された61-2662と61-2663と61-2664の3機の内の一機で ちなみに61-2664は1981年3月15日に事故で失われた。
RC-135U
(64-14847)
2009年3月に新たに嘉手納に到着したRC-135U、機体の調子が悪かったのか 私のいる間は飛ばなかった。大きな機体のあらゆる部分にアンテナを付け 身体中で電波を吸収し観測する。特に機首や翼端 尾部のPPMS精密出力計測システムで 電波 電磁波の収集能力を高め 弾道ミサイルの観測(ミサイルに搭載されている実験電波送信機の電波を傍受して解析)に活用される。
(64-14849)
2010年8月24日 やっと まともに1枚撮れました! この1枚、車で移動中にRCが降りて来るのを発見して あわてて停車、カメラを取り出しレンズを装着してセットして構えた時は、もう機体はこの位置です。数秒遅れたら 間に合いませんでした。これを取り損ねていれば この後2回のチャンスで 全体像の撮影をしそこなったので 機首アップしか撮れない結果で終わってました。
23Lで離陸したRC-135U、道の駅の隣に出来たクリニックのビルが障害となって 離陸でこの位置になるまで気がつかなかった。機首アップである。
悔しいので 送り気味に全体像を1枚!RC-135系の離陸は、総じて低い。
天から授かった3度の撮影チャンス・・・最後のチャンスの時 不肖私め、300mmレンズ1本で 夕方ハリアーの離陸を待っていた。ハリアーに気を取られていたので RC-135Uが 帰ってくるのに気付くのが遅かった、何せ ハリアーは、23Rに降りるので 23L側でポジションを取っている。つまり 23Lに降りる機体は、真上を通過する位置なのだ。あわてて レンズを向けたら 機首アップ。またまた. 機首アップになったが 特徴ある機体を表現できたかも知れない。RC-135U コンバット・セントは、2機しか存在しないので S型(コブラ・ボール)同様 マニア諸氏からは、貴重品扱いされるターゲットである。
2010年11月28日より 嘉手納に展開したRC-135S.今回は、8月29日から12月1日まで3日間行われた米韓演習に関連して E-8とともに飛来した。
北の将軍様がまたやってくれました・・・2010年11月23日14:34 北緯38度線より北に位置する韓国領の5つの島の1つ延坪島(ヨンピョンド)になんと突然砲弾を撃ち込んだ。それも民間人の住む住居区域である。150発もの各種砲弾の内 約80発が島を直撃した。(半分は海に落ちるのは 練度が低いせいか) 韓国軍も配備されている新鋭の自走砲K-9 6両が反撃 しかし3両は、砲のつまり、電気系統の故障で使えず 残りの3両が反撃した。しかし 岩をくりぬいた北朝鮮の陣地には当たらず 山の上の陣地の一部を破壊しただけという 誠に情けない反撃に 韓国世論は、反発したらしい。K-9は、陸上自衛隊99式155ミリ自走砲に匹敵するといわれる新鋭の自走砲であるが 最前線で稼働率50%? これでは戦争に勝てない。韓国国民は、やっぱり米軍がいないと不安だという印象らしい。
 そこで 中国などの反発で延期になっていた原子力空母を黄海に入れての 米韓演習を挙行 それに伴ってRC-135SやE-8Aジョイントスターズなどが沖縄に展開した。上の写真は、2010年11月29日09:59 嘉手納を離陸するRC-135S.
18:24 すっかり暗くなった嘉手納基地に帰還したRC-135S
2011年4月6日 12:04分 珍しく正午に離陸するRC-135S.この機体 2011年1月に嘉手納飛来し 2月3月と長期で嘉手納を中心に活動していたらしい。61-2662は、私にとっては初めての機体である、たった滞在3日間で RC-135Sの昼間の離陸に出会えることは極めて幸運である。
(64-14847)
たった2機しか存在しないRC-135Uのもう1機を撮影できた時はうれしかった。2011年4月5日12:01離陸。朝早く離陸してしま事の多いRC-135で正午の離陸は少ないように思える、こんな時間に出かけるのでは 着陸の撮影は諦めるしかない。案の定 この日は日が暮れる前には戻らなかった。この64-14847は、以前機首の顎にあたる部分に大きなシャークティースを描いていたころがあり その時も嘉手納へ飛来している。
2011年4月4日朝08:40 RC-135U離陸、すぐにKC-135R(ZZ-020)が続いて離陸した、給油機を伴う長いミッションであろうと予想した、帰ってきたのは17:30であり 何とか光のあるうちに戻って来てくれた、この日の離陸は滑走距離が極めて長く ランウェイエンド近くまで引っ張って漸く機首が浮いた。一瞬 オーバーランするかと 撮影している私の方が肝をつぶした。離陸前にアンテナに引っかから無いようバリアーを外しておくのは正解である。 
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上の写真からちょうど1年経過した2012年4月4日16:48 ミッションから嘉手納に帰還したRC-135U.機体も下りてきた日付時間もほぼ一緒である。
上写真は、2012年10月3日 フライトを終了して嘉手納に着陸したRC-135S コブラボール-2。この時 嘉手納には、RC-135W(62-4126)それとRC-135Uの3機の大型偵察機が展開していた。このRC-135S (62-4128)は、8月4日 大型台風11号の沖縄直撃が予想されたため 横田基地に台風非難をしている。
さて このページ以下は、S,V機種に関係なく 時系列に並べてまいりましょう。まずは、2014年12月14日午後 嘉手納でのに任務を終えて 余か本国オファット空軍基地に帰還するRC-135V、この機体の離陸の前にRC-135Tが帰還したそうである。
2014年12月15日以降は、RC-135W ”OF-132”がフライトし その他には、RC-135Sが16日季節外れのR/W23Lで離陸して行った。
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