SR-71 Blackbird
長い航空機の撮影人生で はじめて目にして一番衝撃を受けた機体が このSR-71であった。初めて沖縄へ行った1977年は、まだ感受性の強い10代後半であったから なおさらである。それ以降 F-15 F-16 F-22を見ても F-117を見ても あの時ほどの感動はない。それだけ 強烈な印象を与える特別な航空機だった。このSR-71は、地上展示では感動が無いが 飛んでいる姿 タキシングしている姿に醍醐味がある。SR-71の姿にすっかり魅了された私と友人は、嘉手納近くの米軍ショップで SR-71のパッチの貼ってあったジャンバーを大枚はたいて購入し さらにテンションを上げたのであった。
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Wings
嘉手納 ランウェイR/W23で 燃料を放出しながらローパスするSR-71A。SR-71の燃料は、JP-7と言う特殊な燃料で 沸点が288度と言う高温でも安定して使えるものを採用していた。その為 空中給油も専用のKC-135Qという機種で行っていた。
1960年代にすでにマッハ3と言う驚異的なスピードを実現したアメリカ航空産業の底力を示す機体であるが さらに驚くのは、この時期からレーダーに映りにくい ステルス性能を追求した航空機だったことだ。現在のF-22の機体構造に似通った部分を持っており 尾翼にも傾斜が掛けられている。
1978年3月嘉手納基地NAVYエプロン付近のゲートで海軍機を狙って待っていたら SR-71(64-7960)が戻って来た。この後 支援車両が真横に付いて伴走するように格納庫に戻る。
(64-7960)
(61-7967)
(61-7975)
1977年8月某日 嘉手納R/W05 left ,国道から見ていたら2機のSR-71が出てきた。周りを囲むスタッフの数も通常よりやたら多い。すっかり これは、本国との機体交換だなとその時は想像して喜んだ。
2機のSR-71Aは、左手が61-7967、右手が61-7960である。スタッフは、機体の見送りの為か 敬礼の姿勢。写真を撮っている人も多い。やがて 2機のSR-71Aは、幅の広いR/W05 Leftに進入、離陸して行った。しかし その後 2機共に嘉手納に戻って来た。機体交換ではない可能性もある。 
9thSOS傘下の1st SOSは、嘉手納基地派遣の為 3機のSR-71をローテーションで送っていたため 定期的に機体交換も行うのだが もしかしてこの時は、司令官クラスの人のライスとフライトなど 何らかの基地内行事だったのかもしれない。
1978年10月嘉手納でタッチアンドゴーを繰り返すSR-71A、尾翼には、1st SRSを示す”1”の文字が赤で描かれている。200oの単焦点レンズで撮影した嘉手納基地ランウェイ05/Rightの着陸であるが 超望遠レンズを使わずとも背中が見えるということは 如何に戦闘機並みの軽快な切り込み旋回を行っているかがお分かりであろう。それまでまっすぐにGSAで着陸する姿しか見て来なかった私にとって大きな驚きであった。