U-2's Page
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2010年末の時点では、ビール空軍基地にグローバルホークが配備され始めてから久しいため U-2は引退間近ですでに韓国にもいないと思っていた。2011年3月11日に発生した東日本大震災の際 U-2が出動したという噂も聞いたが 新聞ではグローバル・ホークが 原発の上空からの撮影を行ったということで U-2の本国への帰国はすでに行われていたとすっかり確信していたのだ。しかし 2011年オーサンに赴いた我々の前にU-2は、元気な姿を見せてくれた。アジア唯一の活動拠点 オーサン基地でのU-2Sをご紹介しよう。
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Commander:
(2011)
(2011)
当初の良好と言われた天気予報を覆して 初日は、”見事な雨天・霧”の天気となった。エンドのU-2がすっかりかすんでしまう。
10:30ジャストに離陸滑走開始、機体はすぐに浮き上がり またたく間に上昇、所謂 ”U-2上がり”とマニアが嘆く急上昇コース。
デモフライトと言うより デモテイクオフ&ランディングと言ったところか・・・11:10 着陸
ランウェイエンドで待ち構えていた2台の車両が すぐさまU-2を追いかけ 機体にスピードがなくなって傾き始めたらすぐに補助輪を付けに走り寄る。
補助輪を両サイドに付け終われば ランウェイを離脱してエプロンに向かう。そして 我々の目の前に展示されるのだ。
U-2Sの帰りを待つ飛行隊のスタッフ、U-2専用の屋根付きステップや安全ピンなどを用意している。女性の姿も見られ米軍はずいぶん女性の進出が定着している。
機体が戻ってくればスタッフは、忙しく車輪のストッパー装着、各所安全ピンの装着を行い。点検に入る。本日の操縦は、分遣隊の指揮を執るクラックスバーガー中佐本人であったため 部下のパイロットがすぐにコックピットまで駆け上がり 中佐にフライトの様子を確認。「司令 天候が悪かったですが 気流の状況や ご気分はいかがでした?」なんて簡単なあいさつ程度の要はゴマすりである。 
フライトを終え乗機から下りたコマンダーであるデリック・クラックスバーガー中佐のパイロットスーツから各種の装備を取り外す、女性スタッフ2名で数分かかっていた。エジェクションシートへのブーツ固定金具を最後に外して終了。
(展示された各種フライト用装備品)
U-2S (80-1069)
U-2S (80-1069)