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U-2's Page
2011年10月30日 昨日のひどい天気から一転して快晴の空となったオーサン空軍基地。朝10時過ぎ エプロンの後方からエンジン音が聞こえた。毎年オーサンを訪れる友人から「あの誘導路からU-2が出てくるから 注意しておくように」とのアドバイス。多少 日の回りが悪いが U-2は、エンジン音を響かせながら軽快に我々の目の前に現れ ランウェイエンドに向かったのだった。グローバルホークが偵察の主役に変わろうとしている現在 もうこの素晴らしい飛行機を見ることができるのも今年が最後になるかもしれないと感動に浸りながら 一連のデモフライトを見ることとした。(2012/6/6記)
オーサンのタキシーウェイをランウェイエンドに向かうU-2S.このような写真を一度撮ってみたかったのが漸くかなうことに。このように山の麓に位置する基地で 昔は4つの村と水田が広がっていた場所に大きな基地を建設したもの、K-55と言う基地名は未だに地元では表記されているものの 1956年9月にオーサン基地と命名されている。どうも オーサンという基地名の由来は 当時の米軍司令官が地図を見て オーサンという地名しかこの付近に無かったため使ったようであるが 前述したようにここは烏山市内ではなく 元々小さな農村がこの基地の影響で発展して1981年松炭(ソタン)市に昇格し 1995年に隣の平沢市と合併され 現在では平沢市に属する。字のごとくオーサンは、カラスの丘という意味だそうだ。
10:25分 いよいよテイクオフ!滑走距離は極めて短い。あっという間に機首を上げ 2700メートルのランウェイの中間位置では見上げる高さまで上昇していた。
テイクオフ以降は、1回だけの上空パスだけであり デモフライトと言ってもみるべきものはない。U-2のデモフライトは、その機動性ではなく 離陸のダイナミック性と着陸時の作業を見ることにあると言って過言ではない。
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着陸は、何度も見てきたが 厚木や嘉手納でみた着陸の姿と違い オーサンでの着陸進入は、頭を突っ込むような意外とダイナミックなタッチダウンである。
さて これからがU-2の面白いところである。タッチダウンを終え滑走路に進入した後は、補助輪を付ける作業が待っている。
グランドクルーは、白い乗用車に乗り込みU-2のランウェイ進入とともに 追いかけるように滑走路を走る。U-2がスピードを落とし 傾き始めるとすぐに補助輪を取り出して機体に向かうのであるが エンジンに吸い込まれないよう充分な間合いを取って回り込む。
腰を使って左翼を持ち上げながら 補助輪を取り付けるのであるが 右翼の方ではもう一人のグランドクルーが翼を下方向に抑えてバランスを取りながら同じ作業を同時並行で行う。
グランドクルーがいなければ U-2は、亀のように動けなくなる・・・・補助輪をハリアーのように機体に構造的に取り組むことも技術的には可能なのだが より高空を飛ばすためには機体はできるだけ軽いほうがよいのと 機構を組み込むと空気抵抗でも不利で邪魔になる為 あえてこの方式をとっているのである。徹底した合理主義がここでも見られる。
左翼の補助輪を担当したクルーは、最後に主脚輪にストッパーをかけて彼の仕事は終了なのである。お疲れ様でした。
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