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U-2's Page
U-2のページがこのように7ページも展開するとは思っていなかったが 韓国オーサンに展開するU-2Sは、2012年も健在のようだ。友人から横田のオープンに出かけるにあたり 土曜日に行くようにアドバイスをもらい 午前中の雨模様から一転して晴れ間に変わる12.35分 予告通りU-2Sは 横田の空をパスした。今まで雨模様でであったため 諦めていたのだが 何とか2回目の上空パスには間に合った。BB-337 今まで撮ったことのない機体だ。しかも レターにシャドーの入った司令官指定機である。2012年8月18日 撮影。
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2011年末でU-2は、今度こそキムチ国からも撤退して アジアで見かけることはないとマニアの多くが考えていたはずである。 私も2011年がU-2とのお別れと信じオーサンへ飛んだのだったが 2012年の横田OPENにU-2Sが再び飛来した。それも公開の2日間連続の飛来で 尾翼には”9OG"の文字、今まで見たことのない”BB-337”シャドー付きである。これで オーサンにU-2Sがまだいる確認が取れたことになるので 10月のキムチ国遠征は、私の心の中で決定的となった。 
(2012)
”神の御魂の元 我々はすべてをモニターする”という洒落た標語が書かれているのU-2 Dragon Ladyのインシグニア。この標語は、U-2だけではなく 米軍、警察関係でも広く使われている。
2012年10月 さて今年も来ましたオーサンへ・・島の問題で観光に行くのは抵抗があるが、U-2を撮りに来たのだと自分を納得させて 仕事の都合を何とか付けての渡航である。昨年同様 勤務地である某国からの直行であるが 今回は仁川空港を使っていくことにした。オーサンは、両日とも天候に恵まれた。
同行した友人との間で「U-2の補助輪を切り離すタイミングは?」という話題となったが 良く見ると滑走を始めて2-3秒で切り離している 多分 滑走スタートから100m隔てない場所で機体のバランスは取れており 補助輪を必要としなくなっているのである。転がっている右翼の補助輪がみえる。
2700メートルの滑走路の3分の1の時点までは、機首をゆるく持ち上げた形で上昇するが それ以降は急激に機首アップして 地上からはほぼ垂直に見えるような急上昇で天に舞い上がる「黒い昇龍」である。
着陸したU-2Sは、2台の白いカマロに乗ったグランドクルーから補助輪を付けてもらいランウェイエンドまでタキシーして展示エリアに戻ってきた。展示エリアで同僚と雑談していたグランドクルーもU-2が300メートルぐらいまで近づくと直立不動の姿勢をとり 斜め前方まで進出して 手信号での誘導を始めた。このシーンを撮ろうとロープ際まで移動して撮影である。
上写真 左から時間順並んでいるので そのように見ていただきたい。赤いバケツのような物を持って手を上げているスタッフは、エンジンに吸い込まれる気流の程度を図っており エンジンが停止し気流の流れがほぼ無くなった事を確認してから エンジンカバーを装着する。U-2のエンジンカバーは二つに折りたためるもので 最初の”バケツのように見えた物”はエンジンカバーである。パイロットは、昨年同様 分遣隊司令のクラックスバーガー中佐であった。この時 彼の部下の一人は、展示機より早くオーサンを飛び立って本来の任務をこなしていたのだ。
人間の思い込みとは怖いもので 2012年展示機であった”BB-084”を見たとたん「なーんだ!昨年と同じ展示機か・・」とずっとガッカリしていた私であった。しかし 帰国後 昨年の展示機は、”BB-069”であり ”BB-084”は、2010年の展示機であった事が判明。但し ”BB-084”は、背中に衛星交信用のドームを背負っている姿を嘉手納で撮影していた。