UH-1
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1976年の横田基地オープンには、当時なんの知識も無く 何が展示されるかも全く情報がないまま出かけて行った。雑誌で見ていた米軍の航空ショーは、戦闘機の展示がたくさんあったように感じられたので それなりの期待を胸に出向いたのであった。その頃は、同じ趣味をもつ友人もいなかった為 後に厚木で多くの友人ができるまでは 航空雑誌だけが唯一の情報源だったのである。横田の航空ショーで唯一フライトしてくれたのが このUH-1P、迷彩塗装から当初は、陸軍からの参加と勘違いしていたが 胴体にはしっかりと空軍と書かれていた。ベトナム迷彩に惹かれ この手の迷彩をされたヘリは、私の大好物となっていた。
型は、陸自が採用したHU−1B(米軍UH-1B)と同じ 胴体横大きな窓が1つのタイプ、何故 UH-1P型と呼ばれるのか判らないが 一部資料ではベル204Bをベースとして空軍向けに生産されたUH-1F 146機の内 武装攻撃に対応してP型に20機改修されたとある。 
このヘリは、第475基地管理司令部 改名後第475航空団(475th AW、現在のABW)の所属で 基地の連絡業務、旅客輸送などに使われていたようだ。迷彩機のUH-1Pは、1976年〜1977年の間 私は3機しか確認できなかったが 一体何機いたのだろう。1980年の1月にUH-1Nに更新されるまでは P型を使い続けた。
The Orient Express
Yokota Flightors
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空軍が、最初にUH-1イロコイスに目を付けたのは、多用途と救難用としてであり 多くのUH-1Fと30機のHH-1Hを採用した。その後 空軍の多種にわたる用途に使えるよう F型からP型に一部変更 P型が最初に配備されたのは、ハーバートフィールド空軍基地と言われ1st SOSに所属したそうだ。ここ横田のUH-1Pも機体によって 機首上部のアンテナの数や大きさが異なっており 装備に違いがあることが分かる。
厚木上空に飛来したUH-1P(機番 57927)、現在のN型以降の機体に比べ 胴体部分が短く見え ずいぶん印象が違う。
UH-1P
UH-1N
1980年1月以降 N型が導入されたP型に比べ エンジンがツインとなって200%パワーアップし 機首も洗練化したスマートな形である。 海兵隊が洋上で使う上で 信頼性が高いとして採用していたもので 空軍も追随した形である。この時点から横田のイロコイスは、迷彩塗装が無くなり エアフォースグレーに変わった。