この頃 横須賀を母港としていた米空母はUSS Midway、艦載機の居る厚木基地はまだまだファントム時代の中にあった。原子力空母の寄港には、まだまだ強い反対があり 簡単ではなかった時代。その為 このキティホークと同じ太平洋方面に所属するコンステレーションの2隻だけが、横須賀に寄航してくれる可能性の高いF-14搭載空母だったのだ。
Wings
NL-201 (BuNo 153019) was an F-4B Phantom that belonged to the VF-111 Sundowners embarked on USS Coral Sea (CVA-43) during the Nov 1971 to Jul 1972 cruise to SEA. Using the callsign, ‘Old Nick two-zero-one', on 6 March 1972 it was flown by Lt Garry Weigand and Lt(jg) Bill Freckleton . When they launched off the USS Coral Sea that afternoon and headed toward North Vietnam they had no idea the mission would ultimately end with their engagement and shoot down of an enemy MiG-17 aircraft near Quang Lang airfield.
F-4B/1972
The squadron later transitioned to the F-4N version of the Phantom, and in late 1976 through early 1977 made an Atlantic and Mediterranean deployment, a rare event for a Pacific Fleet squadron. The Sundowners deployed with the rest of CVW-15 aboard the USS Franklin D. Roosevelt (CV-42) for that carrier's final cruise before decommissioning and the squadron's final deployment with the venerable F-4.
10月14日公開日、この日 撮影できたVF-111のF-14は、2機のみ しかも展示のNL-205は、順光で撮ろうとすれば 甲板の制限で距離が足りず全体が収まらない。デッキ側からだと 機体の周りに人が多く入ってしまい絵にならない。人気のF-14Aは、夕方まで人だかりが絶えなかった。
VF-111
(1956〜1995)
F-14Aトムキャットのマーキングの人気ランキングでいえば VF-84(現VF-103)が西の正横綱であり VF-111は、東の正横綱であると思っている。旭日旗を半分切ったようなVF-111のモチーフは、実を言えば日出る国と言われていた日本が、二次大戦で敵国として対峙したため、「俺たちが風穴開けて海に沈めてやる」と言う意気込みを意味しており 日本人の我々にとっては、本来とんでもなく許しがたいマーキングなのである。しかし 歴史は歴史、戦闘機部隊の気概を表しているだけである。

 ベトナム戦争でもF-4Bファントムに纏ったこの派手な衣装のまま爆撃に出ており Mig撃墜の記録もあることから 歴戦の部隊としても有名であり 彼らのファントム時代に写真を撮ってみたかった。 VF-111が、F-14Aを受領した頃は、既にハイビジ塗装が幕を閉じてロービジの時代に突入していた。 F-4時代尾翼一杯に描かれた旭日旗は、トムキャットの胴体後部の整流フィンに小さく遠慮がちに書かれた。1979年USSキティホークのデッキで初めて目にした彼らは一様にこのマーキングで、がっかりさせられたものだ。
 しかしである 数年後USSカールビンソンに搭載されWESTPACした際 彼らは、F-4時代の最も派手なマーキングをF-14に再現して NAVYマニアを驚喜させている。厚木にも飛来したNL-200は正に私が待ち望んだマーキングであったが 撮る機会には恵まれなかった。それは 機会に恵まれた幸運な友人の写真をUPすることとしよう。 
1979年10月14日横須賀 USS キティーホーク(Kittyhawk)の甲板最後部に固定されていたF-14A、F-4Nファントム時代 睨めつけるような迫力のあるシャークマウスを描いていたVF-111であるが F-14Aに書かれた鮫口は、目の縁取りが2重線になった事で 迫力に少し欠けるものとなった。しかし トムキャットにシャークマウスは、この部隊が存在しなければ ありえなかったもので それが我々の目の前に現れただけで 感激ものである。
従来 尾翼一面に書かれていた沈み行く旭日は、エンジンしたの垂直安定版に書き込まれF-4時代のマーキングを知るマニアを落胆させた。しかし 本当に落胆したのはVF-111のクルー達であったろう。ペアであるVF-51が全機ブラックテールであっても 標的曳航機でもないのに尾翼に赤白の大きなマークを書き込むのは、ロービジの波が迫りつつあった当時の海軍の中で遠慮が働いたのかもしれない。しかし 15年後の1994年にUSSカールビンソンに積載されて航海に出た際は 彼らは鬱憤を晴らすがごとく思い切ってF-4B時代ののマーキングを復活させている。
F-4N/1977
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渡辺 明さんから送っていただいたVF-111のF-4N、1975年ミラマーでも撮影である。尾翼の日章旗をベトナム戦争当時の全面的なペイントから ラダーだけの比較的地味なデザインに変えた頃のもの。この後 1976年VF-111は、CVW-17に移動しCV-42 USSフランクリン・ルーズベルトの最後の航海に”NM"のレターを付けて参加した。この写真の掲載をさせていただくにあたり 私も久々に力を入れて VF-111のイラストを作成してみた。
F-14A
1994年11月 USSキティホークから 厚木に飛来したF-14A。翌年にはこの部隊は解散することが決まっていたので 厚木でこのフルカラーのF-14Aを目にしたマニアは狂喜したはずである.。撮れなかった人は、私も含め相当悔しい思いをしている。。