VF/A-151
Wings
VF-151がF-4Nを使っていた時代 初めてこの部隊を目にし 何と派手なマーキングかと驚いた。虎のようにその尾翼を黄/黒のストライプで飾ったファントムは、ガルグレーの機体にはよくマッチングして美しかった。また#200は、ストライプを各ユニットカラーで塗りわけ 常にマニアの憧れの的であった。S型に更新してまもなく全機ロービジ化が行われたが、それでもFA-18時代のマーキングに比較すれば かなり派手な部類だったと思う。長い間 厚木をベースにして 我々マニアをを楽しませてくれた虎模様のファントムも 1986年の4月8日と4月26日の第2陣で厚木を後にし本国に帰還し 変わって髑髏マークを尾翼に付けたFA-18Aになって再び厚木を訪れた。1991年に厚木を離れ 今はFA-18Eの部隊となっている。
FA-18A/C
F-4N/J/S
VF-151は、VF-161と共に1977年の春から夏にかけて F−4NからF-4Jへの転換を行った。そのため一時は、N型とJ型の編隊飛行も見ることができた。
VF-151のCAG機と言えば NAVYファン羨望の1機であった。何せVF-151の一般の機体の塗装そのものが虎模様を思わせる派手な黄と黒の縞模様、CAG機はここに各スコードロンの色を入れ込んだため 正にレインボーカラーのごとく尾翼を飾った。F-4N時代には上図のようにスコードロンカラーの間に白のラインが入った初期のものと ラインのないものの2種類が確認されている。また 1976年の建国200周年にはModex201に星条旗を模したバイセンティニアルマーキングが施された。実に美しい歴史に残るマーキングであった。
アメリカ合州国建国200周年のスペシャルマーキングを施したVF-151のNF-201(150452)、尾翼の虎マークは、そのまま色を変えて星条旗を模したデザインとなった。尾翼の全縁の青い部分には「1776」の文字(反対側は、1976)と建国当時の州の数13個も星がちりばめてある。テールレター”NF”の縁取りは黄でやはり文字の中に星を入れており 実に美しいマーキングだった。
The VF-151 "Vigilantes" were flying the Phantom from 1964 (F-4B, transitioning from the F-3B Demon) until the summer of 1986 (F-4S; then F/A-18 Hornet). They were one of the few Navy squadrons to be equipped with all four versions of the Phantom. During the Vietnam War, they spent seven combat deployments aboard USS Coral Sea and USS Midway, shooting down a single Mig-17 while losing 11 F-4Bs to enemy defenses. From October 1973 until Juni 1986, VF-151 has been forward deployed to Japan and therefore based at NAS Atsugi.
演習航海から戻り 厚木RW-01で着陸したVF-151のNF-206。ここでお尻をタキシーウェイの外側に向け エンジン排気でドラッグ・シュートをはずしエプロンに戻るのだが、この機体 ドラッグシュートが外れずグランドクルーにはずしてもらった。
右翼に付けているのは、トランス・ポッドでコックピットに入り切れない荷物などをこのポッドに積めて運ぶ。このポッドの尖端には尾翼のマーキングと同じデザインの虎模様が入っており”TIGER TAIL TRANSPORT”の文字が書かれている。
ファントム最後のバージョンF-4S、1980年の暮れから1981年の2月にかけ13機のS型ファントムを受領するが、この時期 私は就職・・・この扇型の虎模様はあまり撮っていない。その後1984年ごろから グレーの濃淡の虎模様に変わって行った。所謂 カウンター・シェードと言うやつである。この頃の彼らのコールサインは、”スウィッチ・ボックス”
The squadron VF-151 made 5 combat cruises, from 1966 to 1973, one aboard theUSS Constellation, two aboard the USS Coral Sea, and two aboard the USSMidway.I flew with VF-151, callsign "Switchbox" on its last two combat cruises in1971, 1972, and early 1973 aboard the USS Midway.
Thank you for posting the excellent pictures of planes I flew with VF-151,from January, 1971 to July, 1973. flew out of Atsugi in September of 1971, but injured my knee running down some steps. Therefore, I only flew 2 flights from Atsugi. (F4-B, 152212)I spent time in Yokosuka Naval Hospital, before being transferred via Camp Zama, and Yokota Airbase, to San Diego's Balboa Naval Hospital.Recovered, I re-joined VF-151 for the 1972 cruize aboard the USS MidwayAttached is an interesting picture of a Russian Bear, and our "Tiger Tail"............(By Mr.John Chesire)
右の写真は、元VF-151のクルーだったジョン・チェイサー氏から 送っていただいたものである。解説文は興味深い内容である。
 Many thanks Mr.John Chesire
コダックのパナトミックス-Xを使用している頃の白黒写真であるが、私にとっても苦労して得たフィルム現像技術が頂点であった頃の作品、絞りが自動である以外 巻き送りもピンとも全て手動であったが 200mmレンズでめったにぶれる事は無かった。白黒フィルムの中で微粒子でしかも色調にバランスがあったこのフィルムは、特に好んで使った。
S型になってCAG塗装をした最後の様子、これ以降新たなCAG虎ジマ模様は施されず 1985年10月以降徹底したロービジ虎君ばかりの暗いに入っていく。
ダークグレーとミディアムグレーのグレー系塗料で統一されたVF-151のF-4S、丁度 私は就職して間もない頃で この塗装を撮ろうと貴重な休みを厚木に通う気力も無く 一番撮っていないのがF-4Sであった。水平尾翼付け根のF-4Sの文字とシルアルだけが 何故かやたらと大きく書き込んである。機体のピッチ汚れが汚らしく F-4の終末を予見できる光景であった。
本国にも帰還せずに 厚木で廃棄処分されたNF-211(155745)、長く栄華を誇ったF-4もこうして廃棄されたところを見ると寂しさに耐えない。
USS MIDWAY空母ミッドウェイ”CV-41”と言っても 今の若いマニアの方には遠い昔の話であろうが この第2次大戦末期に建造された古い空母に最新鋭の戦闘機を搭載する為 当時 特別編成のCVW(空母航空団)が編成された。何が特別かと言うと 今はホーネット一族ばかりが空母に載っているが 当時はF-14トムキャットこそ海軍の主力戦闘機の時代である。このF-14を載せたくとも ミッドウェイクラスの小型空母(時代と共に小型の部類になってしまった大型空母)では運用できない、その為 FA-18を3飛行隊にして A-6E2個飛行隊の特別編成を組んだのが 当時のCVW-5だった。我々 F-14ファンからすれば 思い切ってより大型のフォレスタル級かキティホーク級に変えてくれれば 厚木でF-14が撮れるのにと残念がった数年ではあったが その後 インディの配備でその欲求は満たされることになる。今や大きな反対も無く原子力空母ジョージ・ワシントンが横須賀に配備が進められている、時代は変わったものである。

さて FA-18 3個とA-6E2個の組み合わせは 考え方によっては他の大型空母の航空団より強力な攻撃力を備えた航空団といえる。ご存知の通り FA-18Aは、攻撃機兼務として設計された戦闘機で兵装搭載力は、F-14を上回っていたからである。この3個FA-18飛行隊時代があったため VFA-151を厚木でしばらく撮影できたのである。(2008/3/30記)
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1976年に本格的に軍用機を撮りはじめ すぐにネガカラーは、細部の再現力という意味で撮影に適していない(少なくとも記録写真としては)と言うことを知り 白黒フィルムを主流に変えて自分で現像処理をするようになった。しかし 美しい機体は、カラーでも残しておきたい気持ちが強く スライドを買えなかった貧乏学生の私は、その後も3年間ぐらいの間 時々ネガカラーを使った。舶来品?好みで さくらカラーやフジよりもコダックのネガカラーにこだわって多く使ったが 35年以上経過した今 それをもう一度スキャンして当時の色を再現してみる。元のネガカラーは、退色しかけて赤みが強いが 修正をして再現すれば結構昔の色が蘇る。(2011//7/18記)
1976年記録していないが 多分秋口、厚木を離陸する前にシスタースコードロンのVF-161(NF-103,NF107)と共にR/W19エンドで待機するNF-201。ネガカラーでしか残っていない当時の写真である。