(1943~1978、1986~1988)

太平洋戦争当時の1943年に創設された戦闘機中隊でF-6F-5ヘルキャット戦闘機が最初の使用機である。そのせいか部隊名は「サタンの子猫」と言うネーミングだ。部隊は、一貫して太平洋方面を活動の場として、朝鮮戦争・ベトナム戦でも活躍した。朝鮮戦争での戦闘ではUSSプリンストンをベースに、ベトナム戦では主にUSSオリスカニでの遠征が多かった。古い海軍マニアの方々は、この飛行隊が長く使った機体、尾翼に大きな赤いダイアモンドやCAGカラーに塗ったF-8クルセイダーこそが、代表的なイメージとして浮かぶかもしれない。
 1977年にF-4Jに機種交換してわずか1年でいったん飛行隊はその歴史に幕を閉じたが、その期間にVF-191を積んだ空母コーラルシーが横須賀に寄港したため 厚木のマニアは、飛来したVF-191、VF-194の最後の姿を見ることができたのである。私はと言えば、なんとこの期間に嘉手納へ行っていたために1機も撮れずに見送っている。このページでは、厚木の古い友人達から頂いた素晴らしいショットを掲載させていただく。
 飛行隊は、1987年にF-14Aの部隊として復活するが、わずか1年で再び解散の憂き目を見た。(2022/4 記)

Wings
↑ 1976年アメリカ建国200周年の記念塗装であり NL-101番Bu.Bu.153817に施されている写真が有名であるが、110番(Bu.No.153871)にも同じ塗装例があり 複数機に同様の塗装が行われたようである。
↑ VF-191のF-4J NL-100は、CVW-15のCAG塗装を施され この姿で1977年8月USSコ-ラルシーの横須賀港寄港とともに厚木に飛来した。尾翼の赤いラインには、ダイヤが追加されて 各飛行隊のスコードロンカラ―が塗り込められている。基本的なマーキングのデザインは、F-8J時代からの踏襲であるが、F-4J時代は、1年少々で終わり解散した。
1977年8月に厚木基地で訓練飛行を行うVF-191の面々である。古い友人であるNezu氏の写真(NL-101.112 着陸)は、記録が8月10日と打たれてある。天気が良く無い中、コダックのトライXフィルムを増感現像技術も駆使し、F-4Jのダイナミックな姿をしっかりとらえており その腕前には脱帽であった。初回のアメリカ旅行で同行した友人も含め、多くの友は、写真技術では私の師匠のような存在であり 大いに刺激されながら私も追いつこうとした。
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