嘉手納基地を離陸するためR/W23をタキシングするVF-1のF-14A、パイロットのヘルメットにもウルフヘッドが張り付けてある。

(1972~1993)

群狼については、空軍の8thTFWの項でも記述しているので 内容の重複を避けて角度を変えてお話ししたい。狼は群れで行動するというが、たいていの場合オスのボスとその妻 そして彼らの子供たちの集団で「家族」で群れを作っている場合が多い。ただし 20頭以上の群れになるとよそ者を受け入れて構成される場合があるそうだ。長い間、人間に殺戮されてきたため 繁殖できるのは人間と共存しない家畜のいない厳しい大自然だけであり 当然ながら群れで力を合わせないと狩れる動物も限られる。狩は、人間のキツネ狩りと同じで獲物が疲れ果てるまで追いかけ 体力を消耗しきったところでとどめを刺す。群狼のすごいところは、ボスが脱落者を出さないよう移動も陣形を組んだチーム行動であるところだ。体力の弱った者に歩調を合わせ 先頭部としんがりに力の強い者を配置して ボスは最後尾で群れを統制する。正に軍隊の移動である。人間を襲うことなどほとんどないのであるが、人間の裏も書く頭の良さが反って嫌われる原因となり 保護地で繁殖してせっかく増えるとすぐに罪もないのに駆除の声が上がる。

VF-1は、VF-2と共に 飛行隊ナンバーから米海軍航空隊の一番古い戦闘機部隊を継承しているものと勘違いしてしまうが、実はそうではない。海軍航空隊の各飛行隊は、創設以来大きな再編を繰り返してきたため 飛行ナンバーと名称 その他伝統などを継承してもっとも古いとされる戦闘機中隊は、VF-14のトップハッターズとVF-31トムキャッターズと2つの飛行隊である。1972年に創設されたVF-1とVF-2も実のところ1920年代に海軍が初めての空母を運用するために作られた当時の戦闘機中隊との関連性はほとんどないのである。
 1972年に第2次大戦後 消えていた飛行ナンバーを復活させ 当時唯一の原子力空母エンタープライズに載せた最新鋭F-14Aの飛行隊は、アメリカが当時世界にお誇る最新技術の結晶として、米海軍の軍事力の最先端を象徴する存在としてデビューを演出したのである。その為 中隊ナンバー1番と2番を復活させた。

すでにご紹介済みのVF-2と共にF-14Aの最初の飛行隊の栄光を背負ってデビューしたのが海軍第一戦闘機中隊(VF-1 ウルフパック・・群狼 飛行隊)である。私自身は、この部隊の写真を撮ったことがないので ホームページの項も未作成のままで20年以上経過したが、友人からいただいた写真があるのに、いつまでもページを作らないわけにもいかない。最近作成したイラストと共にご紹介していこう。
 撮影の機会には恵まれなかったが実は、1980年3月サンディエゴからフリーウェイを南下してユマに向かう途中 彼らの雄姿は見ることができた。フリーウェイは、NASミラマーのすぐ脇を南北に抜けており 我々がまさに通りががった時に 4機のF-14Aがオーバーヘッドしていった。車のウィンドガラス越しに見えたその機影がまさに4機編隊のウルフパックであった。VF-1は、フルマーキングで大変美しかったが、車を止めて撮影するという機転もきかず見送ってそのままユマに向かった。その後の一度も撮影のチャンスの恵まれることもなく 彼らは、1993年解散していった。

VF VA の ”V”って 何を意味しているのでしょう?・・・

アメリカ海軍・海兵隊機を少しでもかじった事がある人なら 海軍航空隊の部隊ナンバーにVF,VA、VAQ、VP、VC VMFA、など頭に”V”の文字が入っていることをご存じだろうが このVが何を意味しているか知っている人は意外に少ない。私も以前は疑問に思って先輩方に聞いてみたが 正解として納得できる返答はなかった。実は、この”V”は、「空気より重い飛行物体」を表しているのだ。つまり「Heaviar Than Air」のHeavyの”V”なのである。この解説を聞いたとき 最初は、ピンとこなかったが 考えてみれば飛行機より先に軍隊が利用したのは、空気より軽い気球であり そして飛行船であった。これらを偵察や爆撃に使ったのが空の利用の先駆けであり 飛行機は、その後から付いてきた兵器である。Heaviar Than Airは、すなわち空気より重い空飛ぶ兵器 つまり飛行機を指すのである。VBは、爆撃機。VTは、雷撃機 VFは、戦闘機となる。

VF-1 ウルフパック・・・F-14Aの赤い狼のマーキングは、グラマン社(現 グラマン・ノースロップ社)のデザイナーであったジョージ・M・カヒオー氏(George M Kehew)によって考案されたもので 双尾翼と胴体にそれぞれ書き込まれた狼の頭は、編隊を組めば正に”群狼”に見える素晴らしいデザインと言える。ちなみに2018年時点で94歳の現役デザイナーとしてまだ活躍されている。

データがないのだが、おそらく1978年9月頃の写真である。NK-106も9月に飛来しており このNK-100は、同時期に嘉手納基地にも飛来してマニアを歓喜させた。

Wings
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