1979年8月 VF-24は再び部隊名を変更し ファイティング・レネゲーズという名前を使い始めた。上の写真は、1978年10月嘉手納に飛来したVF-24のF-14A この時は、まだファイティング・レッドテールズである。

VF-24

(1955〜1996)

1987年10月 VF-211のF-14Aと2機で嘉手納に飛来したNG-200番 尾翼にCVW-9のマーク。

NG-203
1955年に部隊設立したときは、VF-211「Red Checkertails」であったが、VF-24となってこの部隊名を引き継いだもの。シスタースコードロンのVF-211と部隊名を互いに交換した形になった。また 多くのF-14飛行隊がF-4ファントムからの機種転換だったのに比較し F-8クルーセーダーからトムキャットに機種転換した珍しい部隊でもある。1977年10月10日〜25日の間USSコンステレーション横須賀寄港と共に厚木に展開したので 多くのマニアが目にすることができた。また 1977年9月15日の三沢基地のオープンハウスには、NG-200が飛来展示されている。
 残念ながら部隊は、1996年8月に解散してしまった。

1996年最に載っていたのがUSSニミッツ 所属航空団は、1977年以来ずっとCVW-9で ”NG”のテールレターのまま 部隊解散となった。最後を飾るのもブラックテールのマーキングである。

Wings

上は1977年三沢の公開日に展示されたVF-24のCAG機 コックピットには、CDR TONY LESS中佐の名前がある。同年 USSコンステレーションの一般公開の時も艦内格納庫で展示された。F-8Uクルーセイダーの尾翼に合わせて考案されたチェッカーは、F-14の尾翼にもよく似合った。

1977年10月10日横須賀基地に寄港したUSSコンステレーションの甲板上にワイアーで固定されたF-14A、10月16日公開当日は、格納庫のみ立ち入りが許され甲板に上がることができ中たので 隣に係留された護衛艦ひえいに乗って艦上から望遠でできるだけ撮ろうと努力した。

NG-202
約10日ちかい 厚木での訓練飛行で 嘘か本当かは知らないが 当時のランウェイが F-14のタッチダウンの重みでへこんでしまったとの話が聞こえた。この為 CVW-5にF-14Aが配備されると決定された後 滑走路のかさ上げ工事が行われたはずである。上写真は、USSコンステレーッション出港後 空母から飛来した3機のF-14Aの内 VF-24のNG-202.
1977年厚木のマニアの前に現れたVF-24のF-14A各機。機体上面のガルグレーと下面のホワイトの境は、波を打ったような塗装で当時のF-14の標準的な塗り方だった。VF-211の2機と共に厚木で飛行訓練したのは、NG-201とNG-203
NG-201
1977/10/16 USS コンステレーション艦内にて展示されたNG-200(159593)
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