VF-2
VF-2 Tail-Marking of CAG
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1999年までVF-11が、使っていたオフィスをVF-2が塗り替えて使用している。
VF-2は、1980年にTARPS部隊となり 艦隊の”目”を演じることになったが、長らく在籍したCVW-14からCVW-2に移ったのもこの頃である。”NK”のレターに親しんでいたが”NE”に変わり その後20年以上経過し FA-18Eに変わる最後までCVW-2”NE”であった。
Tomcat in Hanger (2002 NAS Oceana)
2000年には、書かれていなかった機首のストライプが、2002年はコマンダー機以外でも復活した。グレーの濃淡を上手く使って塗装してある。
F-14D NE-105/107
.......in USS CONSTELLATION
F-14D NE-110's Nose
.......in HANGAR
F-14D NE-110&111's Tail
.......in HANGAR
1975年4月北ベトナム軍とベトコンの迫る南ベトナム最後の場面で 米国国籍者や南ベトナム人の脱出作戦を支援するフリークエント・ウィンド作戦の支援の為 救助に当たるHH-53CやCH-53などの上空警護を行ったのが最初のF-14A出撃であった。この作戦でVF-2は、1975年4月末にUSSエンタープライズから初出撃をした。
F−14A (159625)
VF-2と言う名は、1922年誕生と言う海軍の飛行隊では早い時期に創設された歴史ある部隊だとある。しかし 何故か長らく閉隊されており F-8/F-4などが活躍したベトナム戦争中期までの戦史には登場しない。その為 F-14の部隊として復活するまで ほとんど忘れられた飛行隊ナンバーであった。
実は、VF-1同様 海軍航空隊創設時のVF-2との直接の伝統継承はなく アメリカ海軍が最新鋭のF-14部隊の最初の部隊ナンバーに歴史的に由緒あるVF-1とVF-2を復活させることで F-14のデビューに花を添えることが目的であったようだ。
 新鋭の2飛行隊を搭載する母艦も当時唯一原子力機関を使っていた空母エンタープライズであったため この組み合わせは正に最新のアメリカ海軍を象徴する存在だったと言えよう。VF−2は、その後F−14シリーズの最新バージョンであるF-14Dを受領し 最後までF-14を使いつづける飛行隊の1つになると思ったが、2003年11月イラク・フリーダム作戦参加のためサンディエゴを出港 7ヶ月間の作戦を終え2003年6月にオシアナに戻ったのがF-14Dでの最後の航海となった。同隊は2003年7月1日付けでVFA-2になりFA-18Fを受領し CVW-2 USSエブラハム・リンカーンの搭載航空団に入った。
VF-2が、機首に施した3色のストライプ、このストライプが間延びした長い機首にデザイン的なアクセントを与えており その後誕生した部隊のマーキングにも大きな影響を与えている。このストライプは”ラングレイ・ストライプ”と呼ばれ 海軍初の空母ラングレイで試験運用飛行を行った航空機の識別表示だった。。

VF-2は、1980年からCVW-2に移動して 1980年9月に空母キティホークに搭載され航海に出た。CVW-2所属を表す”NE”のレターをつけたCAG機には、上図のような各飛行隊カラーをフルに書き込んだ塗装もあった。F-14-90-GR Bu,No,159852

VF-2 was redesignated VFA-2, and began transition to the F/A-18F Super Hornet. On October 6, 2003, VFA-2 took delivery of its first Super Hornet.

Displayed in Oceana Openhouse (2002 NAS Oceana)
NAS オシアナをTAXINGするVF-2のNE-200。日本では撮影できなかったが、運良く撮ることが出来た。しかし 部隊創設時のマーキングの方が どちらかと言えば好きである
NE-107
NE-110
VF-2 Tail-Marking (2000)

上図の塗装は、USSコンステレーションに搭載されるようになってからのものである。特にこのCAGマーキングは、全体像を映しこんだ写真が少なく ネット上でも1枚しか公開されていない貴重なものだが、1995年8月のミラマーのオープンハウスに展示されたことがある。

1984年に一度USSキティホークに載っているが、1986年から再びUSSレンジャーの戻り 1993年7月にレンジャーが退役するまでの間 ずっとレンジャーと共に行動した。1987年時のマーキングは、ロービジの波を受けてラングレーストライプも尾翼にこじんまりと書かれるようになった。1990年代 湾岸戦争勃発により レンジャーは他の4隻の空母とともに活躍 ペアを組んでいたVF-1のF-14Aは、1991年にイラク軍のヘリも撃墜している。1992年からは、イラク南部の飛行禁止区域のパトロールに従事した。

1976年に入間で開催された国際宇宙航空ショーで展示したF-14Aトムキャットが、私にとって始めてVF-2との出会いであり 多くのマニアと同様にトムキャットとの始めての対面であった。この時は、最新鋭の艦上戦闘機を間近で見ることができた感動が先行し NKのレターをつけた海軍機を撮影できたという珍しさは感じなかったように記憶している。(但し パイロットは、グラマン社所属の人が操縦していたはず)当時買ったばかりのシグマの400oレンズで撮影したものだが、コマ数は少なく 今振り返るともっと様々なショットを撮っておくべきだったと後悔している。
1999年7月23日に横須賀でUSSコンステレーションが公開された際に デツキ上で ファインダーに納まってくれたVF-2の二人のクルー。バックのF-14は、ノーマークであった。バウンティハンターズ・・「賞金稼ぎ」というのが、彼らの部隊ネームである。1972年 海軍でVF-1と共に最初にF-14Aを受領した部隊で ベトナム戦(終戦間際)を経験した数少ないトムキャット部隊でもある。
(2002)
(2002)
2002年オシアナのOHでは、初めてVF-2のF-14Dが展示された。上の三人は、オシアナのエプロンで出会ったパイロットである
(1999)
(1999)
(2002)

VF-2 "Bounty Hunters," was established on October 14, 1972 flying the F-14A Tomcat.

Wings