1976年に入間で開催された国際宇宙航空ショーで展示したF-14Aトムキャットが、私にとって始めてVF-2との出会いであり 多くのマニアと同様にトムキャットとの始めての対面であった。この時は、最新鋭の艦上戦闘機を間近で見ることができた感動が先行し NKのレターをつけた海軍機を撮影できたという珍しさは感じなかったように記憶している。(但し パイロットは、グラマン社所属の人が操縦していたはず)当時買ったばかりのシグマの400oレンズで撮影したものだが、コマ数は少なく 今振り返るともっと様々なショットを撮っておくべきだったと後悔している。
F−14A (159625)
VF-2
Wings
1999年7月に横須賀にUSSコンステレーションが寄港した際に デツキ上で ファインダーに納まってくれたVF-2の二人のクルー。バックのF-14は、ノーマークであった。バウンティハンターズ・・「賞金稼ぎ」というのが、彼らの部隊ネームである。1972年 海軍でVF-1と共に最初にF-14Aを受領した部隊で ベトナム戦(終戦間際)を経験した数少ないトムキャット部隊でもある。
VF-2は、1922年誕生と言う海軍の飛行隊では早い時期に創設された歴史ある部隊だ。しかし 何故か長らく閉隊されており F-8/F-4などが活躍したベトナム戦争たけなわの戦史には登場しない。その為 F-14の部隊として復活するまで ほとんど忘れられた飛行隊ナンバーであった。アメリカ海軍が最新鋭のF-14部隊の最初の部隊ナンバーに歴史的に由緒あるVF-1とVF-2を復活させたことで 一躍脚光を浴びることになる。搭載される母艦も当時唯一原子力機関を使っていた空母エンタープライズであったため この組み合わせは正に最新のアメリカ海軍を象徴する存在だったと言えよう。VF−2は、その後F−14シリーズの最新バージョンであるF-14Dを受領し 最後までF-14を使いつづける飛行隊の1つになると思ったが、2003年11月イラク・フリーダム作戦参加のためサンディエゴを出港 7ヶ月間の作戦を終え2003年6月にオシアナに戻ったのがF-14Dでの最後の航海となった。同隊は2003年7月1日付けでVFA-2になりFA-18Fを受領し CVW-2 USSエブラハム・リンカーンの搭載航空団に入った。
VF-2が、機首に施した3色のストライプ、このストライプが間延びした長い機首にデザイン的なアクセントを与えており その後誕生した部隊のマーキングにも大きな影響を与えている。このストライプは”ラングレイ・ストライプ”と呼ばれ 海軍初の空母ラングレイのシンボルだそうである。
F-14D NE-105/107
.......in USS CONSTELLATION
F-14D NE-110's Nose
.......in HANGAR
F-14D NE-110&111's Tail
.......in HANGAR
VF-2 Tail-Marking (2000)
NE-107
NE-110
VF-2 Tail-Marking of CAG
1999年までVF-11が、使っていたオフィスをVF-2が塗り替えて使用している。
NAS オシアナをTAXINGするVF-2のNE-200。日本では撮影できなかったが、運良く撮ることが出来た。しかし 以前のマーキングの方が どちらかと言えば好きである。(贅沢言ってる場合か!!)
(2002)
(2002)
2002年オシアナのOHでは、初めてVF-2のF-14Dが展示された。上のお三人は、オシアナのエプロンで出会ったパイロットである
Tomcat in Hanger (2002 NAS Oceana)
Displayed in Oceana Openhouse (2002 NAS Oceana)
VF-2は、1980年にTARPS部隊となり 艦隊の”目”を演じることになったが、長らく在籍したCVW-14からCVW-2に移ったのもこの頃である。”NK”のレターに親しんでいたが”NE”に変わり その後20年以上経過し FA-18Eに変わる最後までCVW-2”NE”であった。
2000年には、書かれていなかった機首のストライプが、2002年はコマンダー機以外でも復活した。グレーの濃淡を上手く使って塗装してある。
(1999)
(1999)
(2002)

VF-2 was redesignated VFA-2, and began transition to the F/A-18F Super Hornet. On October 6, 2003, VFA-2 took delivery of its first Super Hornet.

VF-2 "Bounty Hunters," was established on October 14, 1972 flying the F-14A Tomcat.

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1975年4月北ベトナム軍とベトコンの迫る南ベトナム最後の場面で 米国国籍者や南ベトナム人の脱出作戦を支援するフリークエント・ウィンド作戦の支援の為 救助に当たるHH-53CやCH-53などの上空警護を行ったのが最初のF-14A出撃であった。この作戦でVF-2は、1975年4月末にUSSエンタープライズから初出撃をした。