VFA-105
1972年の北ベトナムに対するラインバッカーU作戦に参加後 一度本国に戻ったVA-105は、1973年にA-7Eに更新した。1970年代後半から1980年代に入った頃のマーキング。1970年から1980年の10年間USSサラトガに配属されCVW-3の所属であったので”AC”のテールレターは、すっかりこの飛行隊に定着していた。VA-105の代表的塗装で現在のFA-18になってからも このモスグリーンとイエローのスコードロンカラーは受け継がれている。イラストでは、A-7Eに装備できよく使われた対レーダーミサイル AGM-45Aシュライクを描いてみた。このミサイル 全長は305cmと小柄 サイドワインダーAIM-9Bが284cmだから 少し大きい程度である。射程は、16キロメートルあり その頃唯一のSEAD(敵防空網制圧)のツールであった。
VA-105は、1952年5月にNASセシルフィールドで編成された部隊である。当初はダグラス・スカイレーダーを装備していたが、設立当初の部隊名は”Mad Dogs"であり 1959年1度解散してしている。その後 A-7Aを装備して1967年11月に飛行隊が復活し再スタートを切ったが その時点から部隊名を”Gunslingers"と変更 CVW-11に所属してベトナム戦を経験している。ボート社が開発した新攻撃機A-7Aには海軍は相当の期待を持っていたようで この頃VA-105を含み新設された攻撃飛行隊は7個にも及んでいる。1970年には大西洋方面の空母航空団であるCVW-3に移り”AC"のテールレターを付け始めたが、このレターが一番この部隊に馴染むのはその期間が長かったせいだろう。1972年には再度USSサラトガの搭載されてベトナム戦に赴くが 1968年から1972年までの戦いで4機のA-7を対空砲火で失っている。
 我々にも何だか馴染みがあるのは、1984年〜1986年までの約二年間に岩国のMAG-12にローテーションで派遣されたA-7Eの4飛行隊の初陣を飾った部隊だからであろう。1985年からCVW-6に移動して”AE”のレターに変わったが FA-18Cに機種変更した現在は再び”AC"のレターを付けてNASオシアナで健在である。まずは、美しいフォルムを誇ったVA-105のA-7時代のイラストから紹介しよう。 
1973年ごろのVA-105 400番 CAG機、艦載機航空団司令のCAG機マーキングは、尾翼のシェブロンを、各飛行隊のカラー6色に塗り分けていた。Bu,No,159269と158831は、両機ともCAG機指定されたが機種の”400”は、かなり小さく書かれてあった。イラストではベトナム戦でよく使われたクラスター爆弾を描いてみた。
(2003)
(2003)
(2004)
Wings
ハンガーに格納されたVFA-105のFA-18C、手前がAC-401 奥がAC-400で大事そうにしまわれていた。400番の尾翼内側にはCVW-3のインシグニアが入っているが 401番機には無いのが2機の違いで その他はまったく同じマーキングであった。
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部隊が再編成され空母レキシントンで訓練を終えたVA-105のA-7Aは、早速 1968年USSキティホークでベトナム戦に参加、この時は、NHのテーるレターでの実戦デビューだった。その後、1972年4月から1973年2月の間USSサラトガに搭載され再びベトナム戦に投入された。その時のVA-105のマーキングが上のイラストのマーキングであった。機首レイドームからコックピットまでの白いシェブロン 胴体を突き抜けるグリーンの矢印 尾翼の部隊番号などが特徴である。Bu,No,153147のA-7Aは、1972年8月6日に北べたナム ダオマイ付近で撃墜された機体である。パイロットのロイド中尉は、脱出して無事であった。