VFA-81
VFA-81のFA-18Cは、1991年のデザート・ストーム作戦において 爆撃任務中 2機のMigを赤外線追尾ミサイルで破壊し 海軍航空隊唯一のMigキラー飛行隊となっている。

1980年のCAG機塗装 少しだけ低視認性マーキングへの意識が働いたような微妙なマーキングに変化している。しかし レター類が白色に替わってもシェブロンの赤色は反って目立つように思える。VA-81は、翌年1981年にフォレスタルで地中海に入り イスラエルとシリア間の紛争に関連してこの地域での監視活動を行っている。丁度 リビアのカダフィ大佐がシドラ湾の領海宣言を行っていた時期で 合わせてリビア船舶などの監視活動をしている。

1974年当時のVA-81のA-7Aの400番CAG塗装である。尾翼ラダーには、CVW-17各飛行隊のスコードロンカラ―でマッハシェブロンが書き込まれていた。また 機首の20ミリガン(M-61A)の砲口付近もシェブロンとデザインをまとめている。USSフォレスタルに載っていた期間は、1971年から1982年の11年間と長い、1974年には、同じNATO軍の一員であるトルコとギリシャとの間で紛争となったキプロス紛争時 地中海上のフォレスタルから キプロスの上空監視任務にも就いている。

 厚木で海軍機を中心に写真を撮っている航空ファンにとって、ベトナム戦争が終結した1970年代中期以降は、大西洋方面に配属されているアメリカ海軍の飛行隊はほとんど縁の無い存在となっていた。雑誌でたまに見る各飛行隊のマーキングも 特徴のあるマークとか特定の動物の絵柄などが入っていれば記憶に残るのだが、VF-81のように ただ赤いシェブロンだけが書かれている部隊は、その存在すら記憶に残らないでいた。
 しかし コレクターの性分というもの、同じ種類のものが1つ2つ手に入ると、途端にそれをもっと揃えたくなってしまうのである。 私にとっても関心の薄い飛行隊だったが、オシアナでこの飛行隊を数機撮影できたら 翌年からVFA-81に強い関心を持つようになった。

 VF-81は、1955年に創設された部隊で最初はF-9Fクーガ−戦闘機を受領した迎撃戦闘機部隊であった。部隊名も”Black Cougar”と名乗り 黒いクーガーをインシグニアに使っていた。その後 1959年にA-4Bスカイホークが装備されて 攻撃飛行隊に改変されたが この時からマッハウエーブを象徴する赤いシェブロンを部隊マークに採用するようになった。A-7Eを1969年12月に受領し これが大西洋方面での初のA-7Eの実戦部隊配属と記録されている。この部隊 ほとんど大きな戦争への参加経験が無い部隊で その点は珍しい、リビヤとの緊張が高まったシドラ湾事件の際に 一部戦闘に参加しているが、対レーダーサイトミサイルHARMを用いた攻撃が主任務だったようだ。
 1987年にFA-18Cに更新され、2008年には、FA-18Eスーパーホーネットに更新されている。スパホに更新後は、シャークマウスをつけたCAG塗装が話題となっていた。
 FA-18Aに入る前に まずは、A-7E時代のマーキングをイラストでご紹介しよう。
2005年10月 オシアナで見かけたVFA-81のCAG機”AA-400”。
テールレターは、ラダーの手前に書かれるようになった。
1976年の建国200周年塗装 所謂バイセンティニアル・マーキングである。赤いシェブロンの中には”THES IS OUR COUNTRY 1776-1976"と書かれていた。機番”401”は星条旗をモチーフとしたデザインである。ロービジ塗装が普及し始める1980年まで この部隊は、A4D-2スカイホーク時代からの伝統であるこの大きな赤いシェブロンを全機が尾翼に掲げて飛んでいた。
Wings
1999年9月、オシアナ海軍航空基地にラインナップするVFA-81のFA-18C
(AA-412)
(AA-403)
(AA-406)
(AA-412)
(AA-400)
Their Old Insignia
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