VA-94
VA-94の創設は1952年3月となっている、しかし VA-94に改称される前はVB-20と言う部隊ナンバーでそれは攻撃飛行隊として1943年に設立されている部隊である。何故そこまで遡って言及するかと言えば このVB-20と言う部隊 ドーントレス、ヘルダイバーと言った往年の名急降下爆撃機を使って 太平洋戦争に参加しており 何と日本海軍の戦艦武蔵をシブヤン海で撃沈した飛行隊の一つであった。また ペリリュー島 パラオ島などを初め多くの激戦地には参加しているすごい部隊である。
 1958年A-4Cスカイホークを受領しその翌年に”シュライクス”と言う現在の部隊名になったようだ。1964年には初のベトナム戦に参加 翌年のローリングサンダー作戦から本格的に出撃しているが 被害も多く A-4時代だけでも少なくとも5機を撃墜されている。1971年にA-7Eを受領 引き続きベトナム戦に駆り出されここでも3機を失っている。それだけ酷使された飛行隊でもあったわけだ。A-7E時代は、マーキングがよく変わる部隊との印象が強く1975年 1977年 翌78年 その後もマーキングを変えているので 見るたびに違う部隊かと勘違いしてしまう。1990年にFA-18Aに更新され いまホームベースはNASリムーアである。
1977年に厚木にも飛来したCAG機 厚木を訪れたとき CAG機以外の機体は 上のマーキングと異なり上下にオレンジのラインが機首に向かって引かれたシンプルなものだった。
1978年には マーキングの完全なお色直しを行った。まったく別の部隊かと思えるほどの変わりようだったが キティーホークが横須賀に寄航した際 艦上にこのマーキングを多数見ることが出来た。
Wings
A-7Eを受領して 1975年ぐらいまで施されていたマーキング、エンジンノズル付近に この頃載っていたUSS CORAL SEAの文字
VA-94シュライクスのマーキングで 一番印象的なのが 左手の写真の塗装であるのだが このマーキングを施していたのは、1976年から1977年にかけての 僅か1年余りであった。特に このNL-400番は、シンプルながら絵になるマーキングで マニア好みといえよう。
厚木基地では、北風の時 タキシングを撮れるチャンスは少なかった。唯一撮影可能だった東側の一角は、機体がランウェイをクロスして 東側のタキシーウェイを利用する時のみで タキシングを狙うマニアは、航空無線(ラジオ)をしっかり聞きながら この誘導路(タキシーウェイ)を通過することをキャッチすると一目散にここに向かった。但し 草で航空機の車輪が隠れてしまうことが多かったのが 難点。今では高い樹木が植えられ まったく撮影不能である。
1978年に横須賀に寄航した USSキティホークの艦上で撮影したVA-94の各機、以前の塗装を一新して まるでまったく違う部隊になったような印象を受けた。この塗装でこの年は沖縄の嘉手納基地にも多数飛来している為 多くのマニアがこのマーキング時代をものにしている。この後 VA-94のマーキングは再び1976年時代の物に似た2本の曲線ラインのものに塗り変えられ 尾翼に”百舌”が書かれるようになた。
1978年の7月 沖縄嘉手納基地に飛来したシュライクスのA-7E、400番機(CAG)は、ラダーの星が各飛行隊のスコードロンカラーとなっている。
FA-18C
2007年3月30日北京からの一時帰国で久々に日本に戻った私は、7日の帰国を前に1日だけ厚木に足を運んだ。本来天気のよい5日に行く予定であったが 寝坊をしてキャンセル 翌日に振り替えたのが運命の分かれ道となった。(おおげさ・・・)何と6日エプロンには4機のVFA-94のFA-18Cがいるではないか!5日の17時過ぎに岩国から飛来したとのこと、トホホ。6日午後エンジンををかけた4機のFA-18Cに厚木での訓練フライトを期待したが 世の中そんなには甘くない。友人のラジオに入った無線交信は、冷たくも岩国への帰還を示すものであった。まぁ 昨日寝坊した私が悪いのよ・・とあきらめ証拠写真を撮ることにした次第である。今回の帰国で買ったばかりのEOS-KISS(200mmレンズ)で彼らをファイダーに収めたが、今年で長年親しんだKR-64ともおさらばになる為 デジカメの練習も兼ねてみた。(2007/4/10)
シュライクスのFA-18にお目にかかるのは初めてであった。デジカメに200mm付けて撮っても 期待できる写真にはならないが 証拠と言うことで残しておきましょう・・・この日は、VFQ-136のEA-6Bが4機フライとしており 沖縄に訓練に出ていたVFA-192のドラゴン君も1部分帰ってきた。たまにしか足を運べない私をいつも暖かく迎えてくれるCVW-5の機体達には感謝である。しかし VFA-94のマーキングは悪くないですね、グレーでもきっちり尾翼にマッチングしたデザインだと思うのですが 画龍点睛を欠くというか テールレターが無いところが何か間が抜けた感じはする。
(Modex 400)
2008年8月22日「厚木にホボが来ているから 明日の横田は行かないよ」との友人からの連絡・・・お前いつからホモになったの?「ホモじゃなくて HOBOじゃ!」 昔からマニアは、部隊名ではなく その時その時のコールサインで話をするものだから 某国にいる私のような浦島太郎君には、話がさっぱり通じない。”マイティ・シュライクス”と言ってくださいませ・・・2008年8月23日横田のオープンに参加するため 大枚はたいて帰国した私 悪友に会うのも楽しみだったのに この冷たいお言葉。厚木に金曜日にVFA-94のFA-18C(コールサイン=HOBO)が2機降り立った、土曜日の午後2時に上がるらしい。全く目玉の来ていない横田に行くより ぎらぎら炎に燃えるようなシュライクスの離陸を撮影したいと言うわけである。8月に撮影を逃した私であったが 9月の三沢のオープンには参加してくれたので いも番(00か01番以外のロービジ塗装機の事を指す失礼な用語・・?)でも うれしいのである。感謝しながら A-7E以来目の前で撮るFA-18を堪能した。(2008/9/13記)
(2008)
(2008)
(Modex 406)
(Modex 405)
(Modex 402)
(Modex 405/164262)
(Modex 402/164208)
 2008年9月7日09:14 Modex 402の尾翼チップには、エグゼクティブ・オフィサー(副飛行隊長)を示す”XO”が 記入されているが Modex 400には、”SHWFOTS"と書かれているそうで 「Shit Hot World Famous Orenge Tailed Shrikes」の略らしい。 Shit Hotは、”いけてる サイコー!」みたいなスラングだから 「世界的に有名で いけてる赤い尾っぽの百舌鳥さんだよ〜!」 仲間内しかわからない記号を並べるな!・・・・
さてさて 上の話の続きになるが 2008年8月23日横田のオープンでおち合う約束を反古(HOGO)にして 厚木基地に(HOBO)を撮りにいったフニュフニュ君が 当日の成果を送ってくれたので UPして見ます。当日ランウェイ01のテイクオフ、少し小雨交じりの天気だったらしいが はっきり機の特徴を捉えて 厚木まで足を運んだ甲斐のあった写真になっています。この2機は松島に向かって飛び立っていきました。2008年8月23日14:30 
Take-off at NAF Atsugi
2008年12月15日 08:33 朝の嘉手納を岩国に向かって離陸するVFA-94の最後の1機 HOBO-410(164202)、ほとんどの機体が前日14日に嘉手納をとび立って岩国に戻りアメリカ本国帰国の準備に入る中 運よく1機だけが翌日離陸してくれたため 2008年最後のシュライクスを得ることができた。
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(2011)
(2011)
(2011)
VMFA(AW)-533(ED)との交代で 2011年7月から岩国に配備されたVFA-94であったが 早速 横田基地に展示された。前回 ショーバードの400番は、横田に展示されず松島の公開に出たため 私が身近で400番を見るのは、初めてとなった。セクシーな女性パイロットも 笑顔を振りまいて 観客に応じていた。
海軍航空隊のFA-18C部隊で 兵隊に派遣されUDP(部隊展開計画)任務を行うことのできる飛行隊の一つ 2011年7月14日に第一陣が到着した。VFA-94の飛行隊長カート・キャロル中佐によると VFA-94は、西太平洋におけるUDPを4年間実施しているそうで 海軍で唯一遠征可能なUDP部隊だそうである。