VMA-214
The Blacksheep were the first A-4 squadron to fly 30,000 accident-free hours and achieved six years accident-free flying.
   単発機としては、すごい記録だ。
A-4M時代のヘルメットは、黒地に白い羊角をあしらったもので統一されていた。
Wings
「Baa Baa Blacksheep」と言う映画をご存知だろうか、1978年3月嘉手納での写真撮影を終え ホテルに戻ってFENのテレビ放送にチャンネルを合わせたと時 丁度この映画の放映予告があり 早速映画を見ることにした。当時の嘉手納周辺のホテルは、米軍が運用する極東放送のテレビも見ることができた。

時を同じくしてVMA-214 blacksheepsのA-4Mスカイホーク攻撃機が移動訓練で嘉手納を訪れていたため 映画のタイトルを見た私は、A-4スカイホーク部隊のニュース映像かと思い込んでいた。映画は、太平洋戦争中に活躍したこの部隊のF-4Uコルセア戦闘機と初代飛行隊長のパピーことボ二ントン中佐を題材としていた。本国では連続テレビ番組になるぐらいの太平洋戦争中に大きな戦果を挙げた部隊らしく いまだに部隊徽には、コルセアがあしらわれている。私は、A-4Mスカイホークのマーキングで最も好きな飛行隊であった。 
1965年にA-4スカイホークを受領して 程なくヴェトナム戦に参加 約2年間に5000回以上の出撃をしている。
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1976年に岩国にいたVMA-223 ブルドックスが去った後、次にこの部隊がくる」と横須賀の某有名なパッチ屋さんで聞いた私、このまま厚木で待っていてもVMA-223同様ほとんど撮れずに終わってしまうだろうと 嘉手納遠征を計画 1978年の3月だったが 季節的に天気が悪く、肌寒い沖縄に向かうことにした。
ここで「VMA-214ブラックシープ」の岩国からの移動訓練を待とうというのであった。今では航空写真家として著名なT.K氏とこれまた某航空雑誌の編集長となられたM..I氏(お二人とも私と同じ年で当時学生だった)が来られており  根城が同じ嘉手納のラブホテルと言われた”日の出ホテル”と言う宿だったため行動を共にさせていただいていた。チームスピリット78の関係でAC-130Hなどの外来機やその頃フィリピンのクラークに配備されたばかりのアグレッサ-のF-5Eの初飛来など私にとって予定外の収穫もあったが、滞在費が底をつきかけても一向に現れないブラックシープに「今回はもう駄目か」と諦めかけていた。

変更の利かない往復チケットの羽田行が3日後に迫った頃 岩国から次々に移動訓練に黒羊君たちが訪れ始めた。T.K氏も東京に用事があるらしく「来週から嘉手納で本格的な訓練だな もう少し居たいな」と残念そうである・・・ それから2日ほど彼らブラックシープを撮って 髪を引かれる思いであったが帰宅することになった。 ・・・・・こんな思いでのある部隊である。 
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黒羊隊とは、「厄介者」の事だが、なぜだかご存知かな? 白い羊の毛は、羊毛として使い道が多いが、突然変異で生まれてくる黒い羊は(この場合 羊のショーンのような皮膚が黒くて 毛が白い羊の事ではなく ”毛が黒い”羊の事である。)、羊毛として使い道がほとんどない。色も染められないからである。こんな羊が群れで生まれてくると 厄介者としてまず真っ先に肉にされてしまっただろう。使えないやつ・・・厄介者 問題児という意味はここから来ているらしい。

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A-4M