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WH-06 (Bu,No,166288)
WH-00 (Bu,No,165307)
1995年7月23h日横田基地に展示された2機のAV-8B WH-22(163659)&WH-26(162964)今やすっかりグレーのハリヤーにも慣れたが、グリーン基調のスキームに長いこと慣れ親しんだ目には、このグレー・スキームの塗装は、しばらく違和感を感じたものである。特にVMA-542のタイガーのシンボルであるラダ−の模様はグリーン・スキームにこそ合うと感じているのは、私だけではないと思うが・・・1996年にこの部隊は、チェリーポイントに戻り ハリアーUの次の進化バージョンであるAV-8B+ レーダーハリアーに機種交換が始まる。
VMA-542
Wings
(1995)
(1995)
上写真は、XC-35の海兵隊最初のテストパイロットになったアート・トマティー氏
AV-8A
AV-8B
メンテナンス担当のお二人
------(1990)
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VMA-531の後釜として岩国に1977年に配備されたのが、VMA-542である。迫力のある虎の顔は、F-4時代は、尾翼に書かれていたものの AV-8Aでは当初無く その代わりラダ−を虎模様にして グリーン系の迷彩に合い実に綺麗なマーキングであった。VMA-542は1972年11月にAV-8Aを受領した。確か全部で110機ほど配備されたAV-8Aの中で100機目を所有していた部隊であったことが、何かの雑誌に書かれていたと思う。1987年の12月にAV-8Bに機種交換し 1989年の12月に再び岩国に配備された。この時は機種にグレーで虎の顔が書かれていたが、グレー系の迷彩に変更された際 その顔は、デザインの異なったフルカラーのものに変更になっている。
 当HPのTOP-PAGEを飾るハリアーUのパイロットは、このVMA-542に所属したアート・トマティー氏で 彼は海兵隊で 後にXC-35の最初のテストパイロットになった人である。
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2012年6月5日 ノースカロライナ州チェリーポイントから出発し ハワイ、ウェーク経由で 6月11日約2年ぶりに岩国に配備されたVMA-542、5月までいたVMA-311の交代として マイケル・J・ペレス中佐率いる8機のハリアーと240名の要員である。配備早々 松島 丘珠 普天間などのOHにもでて ファンを沸かし 久々に厚木にも展開した。フニュフニュ君からの写真をUPしましょう。2012年6月17日撮影
WH-05 (Bu,No,164556)
ここ最近 嘉手納でハリアーにふられることが多く トラウマになって エプロンにいるハリアーが飛んでくれる気がしなかった。2010年8月24日から2日半の嘉手納行 なんと嘉手納撮影初日は、飛行停止日。このまま滞在期間飛ばずに終わるような気がしてならなかったが 予想を覆し2日目にしっかり3機がフライトしてくれた。機首のModexの無い機体は、地元マニアがWH-06だと教えてくれた。Modexないと淋しいな・・・
1995年の横田や厚木でナイト・ハリアーを見て以来 長い間この部隊と遭っていないと思ったら 何と15年も来ていなかったそうだ。2010年7月初旬に久々の岩国入りしたフライング・タイガースの面々は、嘉手納に張り付いたまま 基地公開シーズンの夏に各地で展示されることも無かった。Jul/2010 in kadena AB
(1995)
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(1990)
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(1990)
この部隊元々”ベンガルス”と言う部隊名であったようだ。1944年8月に夜間戦闘飛行隊として”VMF(N)-542”の部隊ナンバーを持っており 装備もヘルキャット戦闘機の夜間戦闘型F6F-5Nであった。朝鮮戦争時代もF7Uカットラスの夜間戦闘機型と思われるF7F-3Nという機体を使っていたようで 正に夜間戦闘の専門部隊であった。1963年にF-4Bを受領してからは、他の海兵隊戦闘攻撃飛行隊と変わらない任務をこなしていたものと思う。1970年6月に1度MCASエルトロで解散したが AV-8Aの部隊として復活を遂げたもの。
1989年12月 新型のAV-8BハリアーUに更新されて岩国に配備されたVMA-543。1990年1月に韓国に向かう途中 伊江島付近で墜落事故が発生 早速1機を失っている。翌年1990年5月20日厚木のオープンハウスでは、VMF-542のハリアーUが3機もエプロンに並びファンを喜ばせた。この時に展示された機体は、WH-01、WH-04、WH-06でグリーン系の迷彩に機種に薄いホワイトグレーでトラの頭が書かれていた。
1990年5月20日 厚木に展示されたVMA-542のハリアー、この日 子の新鋭機は、3機も並べられ勤務地の島根県からわざわざ厚木まで赴いた私は、これだけで報われて満足して帰途に就いた思い出がある。WH-01.04.06の3機であるが、この年WH-04は、岩国でも展示された。
1990年5月 岩国のエプロンに駐機していた、2機のVMA-542所属のAV-8B。WH-10とWH-07である。