VMAQ-2
Wings
「プレーボーイズ」から2回目の部隊ネーム変更で「デス・ジェスタース」になり パイロットのパッチの新しく新調され 色彩も黒と赤を基調とした初代のものを継承している。よっぽど1回目の変更で決めた「パンサーズ」がお気に召さなかったようである。 
Death Jesters
Det-Zのバッチに注目
Check his patch !(Det-z)           
EA-6A
EA-6B
海兵航空部隊は、元々偵察機部隊と電子戦部隊を統合されて運用していた。VMAQ-2も1952年の発足時はVMC-2として PV-2ネプチューンやAD-5N/Qを使用する海兵隊唯一の偵察部隊だった。その後VMCJ-2と名称変更し 1975年それまで岩国に駐留していたVMCJ-1”RM”の解散に伴って岩国にDet(分遣隊)が派遣されるようになった。
 A-6を改造したEA-6Aは、尾翼を黒に塗りこめ”プレーボーイ誌”のシンボルマーク”バニーちゃん”をつけていたため 根スケの私にとってはドキドキするする存在だったのだ・・・なんのこちゃ!
 1975年のこの部隊改編で偵察専用飛行隊と電子戦専用部隊が、分離され偵察部隊はVMFP-3”RF”としてRF-4Bを使用した。VMAQ-2は、1977年2月にEA-6Bプラウラーを取得し EA-6Aの塗装をそのまま受け継いだが、すぐにロービジ塗装に変更され白黒のシックなVMAQ-2を見られた時期は短かった。
VMAQ-2には、DetX,Y,Zの3つの分遣隊があり 夫々ローテーションで派遣されていたが、1992年7月1日にこれらの分遣隊が独立した飛行隊に分割された。厚木OHの時に分割された各飛行隊の部隊ネームを聞きどんなマーキングになるかが楽しみだった。
 、Det-YがVMAQ-2となり そのままネームも引き継いだので”Playboys"となったが、その後 アメリカ海軍内で問題となったセクハラ騒動”テールフック事件”の影響で バニーちゃんマークが女性蔑視の象徴のようにみられたため 部隊名を”パンサーズ”に変更した。しかし 程なく 再び部隊名変更となり 現在は”デス・ジェスタース”に改めている。
(1990)
(1990)
(1990)
(1990)
(1990)
(1990)
(1990)
(1990)
(1989)
(1989)
(1992)
(1992)
(2001)
(2001)
USS Midwayの出航に伴い 岩国から前日より 厚木入りしてVMAQ-2EA-6ACY-621/623/624)の各機は、出航日 CVW-5の各部隊とともに 空母に向かった。手前はVA-56のA-7A(NF-413)。EA-6Aは、厚木でもそれほど頻繁に撮影できる存在ではなく 1日で3機をGet出来ることは 出航日あってもでも珍しかった。
1976年の秋口 夕暮れの厚木基地にランウェイ01で降りて来たVMAQ-2 憧れのEA-6A 建国200年の記念フラッグを機首の左に大きく書き込んでいる。ランウェイの奥まで転がってくれたので撮影できたラッキーな日であった。私にとってEA-6A(CY)との初対面であった。
HOME
この部隊 RF-4BとEA-6Aを併用していた時代があり 尾翼を黒く塗ったRF-4Bの写真を見たときは驚いた。日本では見られなかった塗装であったはずだが 一度お目にかかりたかったものだ。1966年10月にベトナム戦に初デビューしたVMCJ-2のEA-6Aは、早々にVMCJ-1と交代し VMCJ-1のRF-4Bがベトナム戦での主力であったとされている。